文科省による朝鮮学校差別を検証する

田中 宏
一橋大学名誉教授

朝鮮植民地支配で奪われた言葉、歴史、文化を取り戻すため、戦後、在日朝鮮人は日本各地に寺子屋のような「国語(朝鮮語)講習所」を設け、それが今日の朝鮮学校の始まりである。新型コロナとの戦いでも、朝鮮学校が「新しく」差別された。何故なのか、私なりに検証してみたい。

文部次官通達が示す朝鮮学校観、外国人学校法案は廃案に
1965年12月の文部次官通達には、「民族性又は国民性を涵養(かんよう)することを目的とする朝鮮人学校は、…各種学校として認可すべきではない、…なお朝鮮人を含めて一般に我が国に在住する外国人を専ら収容する教育施設については…新しい外国人学校の統一的取り扱いをはかりたい(傍点田中、以下も)」とある。「学校」とは認めないという、民族教育への「敵意」を感じる。
通達の背景には、東西冷戦下での韓国政府の姿勢が働いたようだ。韓国側「赤化を目的とする共産教育をしている朝鮮総連系学校を閉鎖しなければならないのでは…」、日本側(文部省大臣官房参事官)「これは、日本側が責任をもって解決する内政問題である。…仮に、日本政府が朝鮮総連系学校を整理するとしたら、在外国民保護の見地から外交的に抗議することはないか」、韓国側「そのような抗議はないだろう」(日韓会談・法的地位協定委、1965年4月23日)。朝鮮学校支援を進める今日の韓国市民運動との「落差」は大きい。
「通達」の末尾を受けて、1966年から国会には「外国人学校法案」が出てくる。法案は、外国人学校の認可権、是正・閉鎖命令権を「知事」から「文部大臣」に移すことが最大の眼目。14条からなる内容は、規制に関する条項ばかりで、大学入学資格の付与や私学助成の対象にするなどの振興・保護策は何一つない。はげしい反対運動を受け、1968年廃案となり、法案が二度と登場することはなかった。

一方で進む外国人学校の認知
外国人住民とじかに接する地方自治体は、文部省とは違っていた。美濃部亮吉東京都知事は、1968年4月、「通達」にもかかわらず、朝鮮大学校を「各種学校」として認可。今では、すべての朝鮮学校が各知事によって認可されており、「通達」はすでに死文化している。さらに、都道府県レベル、市区町村レベルで、外国人学校または生徒保護者に補助金を交付することも徐々に広がる。また、外国人学校生へのJR通学定期券の適用、全国高等学校体育連盟(高体連)への参加資格などが、粘り強い運動によって実現した。
1998年には京都大学が国立大学で初めて朝鮮大学校卒業者の大学院入学資格を認め、翌年には文部省令が改正され、外国大学日本校も含め全面開放に至る。学部の入学資格について、2003年3月、文科省は外国人学校40校のうち、欧米の教育評価機関が認定する欧米系16校については認めると発表した。非欧米系(朝鮮、中華、韓国、ブラジルなど)の排除は「差別」だとの厳しい批判を受け、9月に省令改正を行い、広く外国人学校に入学資格を認めた。

厚生行政と朝鮮人差別、黒船となった国際人権基準
ここで、朝鮮人差別と厚生行政も見ておきたい。国民年金法(1959年)、児童手当3法(1961~71年)は、いずれも外国人(ほとんどは朝鮮人)を「国籍条項」によって排除していた。この国籍差別に対し「頂門の一針」を放ったのは、「べトナム難民」と「主要国首脳会議(サミット)」だった。いずれも1975年のことで、アジアから唯一のサミット参加国・日本への視線は厳しいものに。仏紙ルモンドは、在日朝鮮人への差別が、日本の難民受け入れ消極策の背景にあると指摘(1978、5/25)。当時、日本は人権条約をほとんど批准しておらず、政府は重い腰を上げて、1979年に国際人権規約を、1981年に難民条約に加入した。
二つの条約締結に伴って、公営住宅など公共住宅関連の国籍差別が解消され、国民年金法などから「国籍条項」が削除され、外国人も対象となった。一握りの「難民」が、60万の在日朝鮮人への「国籍差別」撤廃に「貢献」した。従来の厚生行政は、「日本に住所を有する日本国民」を対象とし、「在外国民」と「在日外国人」をともに排除したが、条約締結によって「日本に住所を有する者」へと原理転換が図られた。「日本に住所を有する者」は「納税者」であり、ごく当たり前のことが実現した。そして、1997年制定の介護保険法では、当初から「国籍条項」はなく、厚生行政では「内外人平等」が一般化した。

高校無償化が朝鮮学校除外、朝鮮バッシング
2002年9月、小泉純一郎首相が訪朝し、金正日国防委員長との間で「日朝平壌宣言」に署名。金委員長は、首脳会談の席上、「拉致」を認め謝罪したが、「宣言」の本来の意味は脇に押しやられ、専ら「拉致問題」に収斂され、「朝鮮バッシング」が吹き荒れることに。
民主党政権の2010年4月、高校無償化法が施行され一条校(正規校)、専修学校、各種学校の外国人学校を、その対象とする画期的なものだった。しかし、同年11月、菅直人首相は、北朝鮮による韓国・延坪(ヨンピョン)島砲撃事件直後、何故か朝鮮高校審査を「凍結」。翌年9月、退陣にあたり凍結を解除したが、次の野田佳彦政権も先送りを続け、2012年12月、第二次安倍晋三政権を迎える。
安倍政権の初仕事は高校無償化からの朝鮮学校除外だった。下村博文文科相は、2012年12月28日、記者会見で、「拉致問題に進展がないこと、朝鮮総連と密接な関係にあり…」とその理由を述べた。教育とは無縁の「他事考慮」というほかない。日本の朝鮮学校差別は、国連の各条約委員会でも再三取り上げられ、その是正が勧告されるが、日本政府はまったく無視。無償化除外については、5カ所の地裁に提訴されたが、日本の司法はその役割を放棄しているようで、これまでの判決は、「学ぶ権利の侵害」を単に追認するものに過ぎない。

コロナ禍のもとでの朝鮮学校差別
文科省総合教育政策局長の「専門学校等における臨時休業の実施に係る考え方等について(周知)」(2020年4月1日、2文科教第5号)では、「専修学校(専門課程及び一般課程)及び各種学校」と、各種学校も対象とした。また、「緊急事態宣言」直後の初等中等教育局健康教育・食育課の「学校に対する布製マスクの配布について」(同年4月10日事務連絡)も、「各種学校の認可を受けた外国人学校の児童生徒及び教職員」をその対象とした。
しかし、なぜか具体的な「緊急支援」になると、朝鮮学校差別が罷り通る。一つは、「学生支援緊急給付金」の対象から朝鮮大学校生が除外された。前述のように、京都大学が朝鮮大学校卒業者に大学院受験を認めたことを機に、外国大学日本校についても「大学相当」として大学院受験を認めた。今回の「緊急給付金」について、朝鮮大学校及び外国大学日本校についてもその対象にすべきと指摘したところ、外国大学日本校は対象にするが、朝鮮大学校は「各種学校」だからダメという。
厚労省は、2012年1月、社会福祉士及び介護福祉士法施行規則を改正して、「各種学校(大学入学資格を有するものであって、修業年限4年以上のものに限る)を卒業した者」を加え、朝鮮大学校卒業者の受験を認めた。また、今回の「小学校休業等対応助成金」(厚労省所管)においても、「各種学校(幼稚園又は小学校の課程に類する課程を置くものに限る)」として、朝鮮学校をその対象とした。文科省の「姿勢」の時代錯誤は明らかである。
第2次補正予算の「『学びの保障』総合対策パッケージ」における、「私立大学等/私立高校等」の「授業料減免支援」、そして「学校再開に伴う感染症対策・学習保障等に関する支援経費」における学校支援(小、中、高校、100~300万円)でも、朝鮮学校は除外された。文科省は、厚労省と比べてみても、今なお、かつての冷戦思考なり朝鮮バッシングに冒されているというほかない。