コロナ禍において生存権を実現するために

渡辺 寛人
NPO法人POSSE事務局長 雑誌『POSSE』編集長 社会福祉士

■自粛要請のなかで激増する労働・生活相談
わたしたちPOSSEは、労働・貧困問題に取り組んでいるNPO法人だ。平時であれば年間2000〜3000件の相談があるが、新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめた3月から6月末時点で、コロナに関連する相談だけでも3000件を超えている。日本のコロナ対応の特徴は、「補償なき休業要請」と批判されたように、あくまでも「自粛」の(命令や指示ではなく)要請であり、それゆえ国家による補償が十分なされなかったことにある。このような対応は、とくに生活に余裕のない人々に深刻な影響を与えることになった。すなわち感染のリスクがあるまま働き続けるか、感染リスクを避け生活困窮に陥るかの究極の二択を迫られることになったのである。
本稿では、POSSEに寄せられた相談を踏まえて、彼女・彼らが抱えている問題を分析し、こうした状況を変えていくためにどのような取り組みが求められているのかを考察する。

■休業補償が支払われない
コロナ関連の相談でもっとも多い相談は「休業補償」に関するものであり、相談全体のおよそ53%にあたる。労働基準法26条は、使用者側の都合で休業した場合、平均賃金の6割を補償するよう定めている。しかし、もともと最低賃金レベルで働いているパート・アルバイトなど非正規労働者の多くは、仮に6割補償がなされたとしても、1ヶ月の生活費を大きく割り込み、生活困窮に陥ってしまう。さらに、休業状態にある人のうち、まったく補償がなされていないという相談ケースも多い。企業によっては3月ごろから休業措置をとっているところもあるため、3〜5月の期間、人によっては最大3ヶ月程度、収入が激減あるいはまったく得られないという状況が続いた。
国は企業が休業を行ない、雇用を維持する場合には、雇用調整助成金という制度によって対応するよう呼びかけた。しかし多くの企業は、休業補償に伴う自己負担や手続きの煩雑さなどの理由によりこれを利用せず、「コロナだから仕方ない」と休業補償を十分にしないという事態が広がった。雇用調整助成金は企業が申請をして、はじめて労働者に届く「間接的」な仕組みであるため、企業が休業補償をせず制度の申請をしなければ休業状態にある労働者は何ら補償が得られなかった(現在は雇用調整助成金や休業支援金制度の創設など、制度的な改善は進んでいる。しかし依然として休業補償に関する相談は多い)。

■非正規・女性におしつけられる矛盾
相談者の属性を見てみると、約70%が非正規雇用であった。非正規雇用労働者は、その多くが自らの賃金で生活を成り立たせている「家計自立型」であるにもかかわらず、コロナによる業績悪化(あるいはその可能性)を理由に、補償なき休業をはじめとした様ざまな差別にさらされることになった。「正社員には休業補償が出ているのに、非正規雇用には支払われない」「正社員はテレワークなどで安全対策がとられているのに、非正規は出勤を命じられている」などの相談が相次いだ。
そしてコロナ禍における特徴は、女性からの相談が約61%を占めたことである。女性からの相談が増加した要因としては、第一に、3月の学校の休校措置があげられる。男性正社員の賃金が低下しているなか、家計を支えるために働く女性は増加しており、共働き世帯も増えている。そのなかで休校に伴う育児負担は女性に押し付けられることになった。育児のために仕事を休業した場合には助成金が支給されることになったが、「育児のために休業されては職場を回せない」といった企業側の都合から、休業補償がなされないというケースが相次いだ。
第二に、コロナの影響が人と接するサービス業中心の職種に広がっていることがあげられる。飲食や接客、小売などの業界では、人件費を安く抑えるためにいわゆる「主婦パート」と呼ばれる(しかし現実には家計自立型や生活費・学費を賄うために働く学生も多く含まれる)非正規労働者が活用されており、女性の比率が高い。女性・非正規は「働けなくても養ってくれる人がいる」という前提のもと「雇用の調整弁」として都合よく扱われているのである。

■補償なき自粛による貧困化
この結果、多くの労働者が貧困に陥っている。4〜5月における生活相談から困窮した要因を分析すると、休業・勤務日数減による困窮が53%で最も多く、解雇・雇い止めが14%と続いた。現在、解雇・雇い止めは拡大している。危機における困難は、決して「平等」に広がらない。平時から弱い立場におかれていた人びとに集中して現出することになる。コロナ禍においては、女性・外国人労働者・非正規労働者を中心に、企業の生産の都合から政策的に作り出されてきた人々が、危機のもとで使い捨てられているのである。
そして、労働市場から排除された人々が生きていくための社会保障制度は、十分に機能していない。社会福祉協議会による緊急小口貸付は、手続きが煩雑で支給までに長い期間がかかる。手軽に借りられる民間の借金に比べて使い勝手が悪く、額も少ない。最後のセーフティネットである生活保護制度は、「借金がある人は使えない」「田舎の両親のもとへ帰れ」など、窓口で申請権侵害が行われており、十分に機能していない。
補償なき休業要請は、その矛盾をもっとも弱い立場の人に押し付け、彼女・彼らを死ぬに任せるという究極の自己責任によって、はじめて成り立つ日本的な対応だと言えるだろう。

■労働組合の取り組み
相談内容の多くが、法律や制度によって解決することができないものが多い。そのため、労働組合を通じて企業と交渉し、問題解決をするしかない事態が広がっている。非正規労働者が生存権を守るためには、労働組合を通じた権利行使が最も有効な手段となっている。POSSEと連携する総合サポートユニオンでは、すでにコロナ禍において多くの成果をあげている。いくつか紹介しよう。
【ケース1】草加せんべい工場(40代男性、正社員)
各所のお土産用の草加せんべいを作っている工場。観光客の激減で解雇通告。組合が申し入れた結果、解雇撤回、休業10割補償を実現。
【ケース2】ファミリーレストラン(30代女性、パート)
子どもの小学校が休校になり、仕事を休む必要がある労働者に対し、会社は国の雇用調整助成金を使わず、独自の2000円手当で対応するとした。非正規が多く、助成金を申請すれば、皆が休業してしまい仕事が成立しないという理由だった。組合が申し入れた結果、会社は助成金を申請し、休業補償がなされるようになった。
■生存権を守るための闘争を
「コロナだから仕方ない」「ステイホームで乗り切ろう」など、矛盾を押し付けられている非正規労働者を無視した言説が広がっている。これらは、社会のなかにある階級的な対立を覆い隠し、非正規労働者の権利主張を困難にさせ、貧困の拡大を促進させるように機能するだろう。しかしすでにみてきたように、実際には企業による不当な休業補償の不払いや解雇・雇い止めなどの横行によって生存権が切り崩され、社会の分断と生存の危機が拡大している。
コロナ禍においてこそ、人びとの生存権が守られなければならない。ウイルスは人を選ばない。社会のなかで差別され生存権が守られない人びとは、感染リスクがあったとしても働き続けなければならない。ウイルスは、このように差別され排除された人びとを媒介に、社会に拡大し続ける。コロナに限らず、次なるパンデミックは必ず起きると言われている。それを前提に、経済成長優先の社会から、人びとの生存を機軸にしたシステムへと転換していかなければならない。そのためには、非正規労働者が労働組合を通じて声をあげ、企業の責任を追及し、「コロナだから仕方ない」という言説に対抗していくことが求められている。