ビジネスと人権に関する国連フォーラム

ビジネスと人権に関する国連の年次フォーラムは、ビジネスと人権に関する指導原則に掲げられた「保護、尊重および救済」の3本柱を理念から実践へと転換させていく上で、国および企業によって達成された進捗を評価することをその目的としている。
2019年11月にジュネーブにある国連欧州本部で開催された今回のフォーラムでは、国の保護義務の実施、アカウンタビリティの強化における進捗、コミットメントおよび計画を政府が明らかにする必要性などに焦点が当てられた。
参加したワークショップにおいて議論された課題と勧告を、一部であるが紹介する1。

 

◎労働の未来における人権の保護と尊重
新しい形態の働き方がさまざまに生まれ、インフォーマルセクターの労働者が増加するなか、労働者の権利をどう守っていくのかが問われている。

課題:
●新たなテクノロジーの導入と、とくにデジタル・プラットフォームの台頭は、雇用関係をさらに侵食するために利用されてきた。労働権を有しているのは誰で、逆に義務を負っているのは誰かという点について、法的な不確定さが生じている。
●法律の欠陥および国内法上の「被用者」の定義の狭さにより、労働者は、法的な保護を受けられない状態で新たな形態の労働―例えばデジタル労働プラットフォーム上の労働など―に従事させられている。規制を行なう機関がないため、急速に拡大するギグ・エコノミー2において誰が労働者であるのかを明らかにし、解釈し、定義する役割は裁判所に委ねられている。
● 世界の労働力の64%がインフォーマル雇用下にあると考えられている。サプライチェーンで働くインフォーマル労働者は、低賃金、劣悪な衛生・安全基準、不十分な休暇取得権およびジェンダー差別を含む搾取的な労働条件の被害をより受けやすい。多くの国の法律は、すべての労働者に労働基本権へのアクセスを保障する段階に至っていない。
● 企業は、労働者の賃金と労働権を犠牲にして、労働者を不適切な形で「独立業務請負人」に類型化することを恒常的に行なっている。その結果、ギグ・ワーカー3は十分な法的保護を得られず、団体交渉権を持たないまま低賃金で不安定な仕事に従事している。
● 雇用関係は労働規制の根本だが、不適切な類型化は増加しており、労働の曖昧化という傾向がある。伝統的な雇用体制を見直し、新たな類型も対象とされるように修正することが必要である。

勧告:
● 企業は、労働者としての権利および保護を享受する資格のある労働者を正確に分類するべきであり、労働者としての権利および保護を付与する政策や法律に異議を申し立てないようにするべきである。また、人権に関する政策・手続、是正措置、人権デュー・ディリジェンス手続を整備すること、正当な是正手続を定めること、労働契約における強制条項を廃止することも求められる。
● 立法者は、ギグ・ワーカーは被用者としての地位を有するという推定を採用し、かつギグ・ワーカーの権利を認める法律を制定することにより、自国の労働法に存在する欠陥の解消に努めるべきである。また「独立業務請負人」モデルの推進につながる施策をとらないようにし、企業が労働者を「被用者」として分類するインセンティブを導入することにより、ギグ・エコノミーにおける労働者のエンパワーメントを支援するべきである。
● 家事労働者を含むすべての労働者が法律の適用対象とされるようにしなければならない。

 

◎奴隷制に対抗する金融
現代的形態の奴隷制と人身取引によってもたらされているリスクに対処するために国と金融セクターはどのように連携できるか。

課題:
● 奴隷制は各国で公式には廃止されてきたものの、金融・経済システムは、同様の結果をもたらす慣行を引き続き非公式に容認しており、促進さえしている。奴隷制は違法だが、現在も推定4030万人が現代的形態の奴隷制下にあり、または人身取引の被害者となっている。これは現在生きている人々の185人に1人に相当する。
● 人身取引と奴隷制は巨大産業であり、多くの場合に金融システムを利用している。規模の大きなサプライチェーンを有する多国籍企業の中で、現代的形態の奴隷制から利益を得ていない企業はない。現代的形態の奴隷制から生じる利益は年間1500億米ドルにのぼると推定され、現代的形態の奴隷制と人身取引は、麻薬取引および偽造品売買と並ぶ3大国際犯罪のひとつに位置づけられている。
● サプライチェーンでは多数のインフォーマル労働者が雇用されており、有名なグローバル企業も奴隷制から利益を得ている。

勧告:
● 国は、マネーロンダリングに対する制裁制度を実施しなければならない。

 

◎憎悪扇動の経済学:倫理的広告の確保における企業の役割
世界で毎年6000億ドル以上が広告に費やされている中、広告を出す側がより意識的なアプローチをとることは、人種差別やマイノリティへの憎悪を扇動するコンテンツへの資金提供およびその拡散に効果的に取り組んでいく際の鍵となる。

課題:
● アルゴリズム、アナリティクスおよびオートメーションは、広告のあり方を決定的かつ急速に変えつつある。オートメーション化された広告によって、恐怖を煽る集団やレイシスト・グループは、新聞社や企業(マイクロソフトやトヨタなど)から間接的に金銭を得ている。YouTubeやウェブサイトで活動する多くのフェイクニュース・グループやヘイトグループは、広告主から間接的に資金を得ている。
● ソーシャルメディアは規模・スピードともに驚異的に成長しており、この産業のあらゆる側面に対応するための規律が必要である。

展望のある実践:
● 英国では多くの進展が達成されてきた。新たに立ち上げられた「責任あるメディアのためのグローバル連合」(Global Alliance for Responsible Media)は、主要な広告主、代理店、メディア企業および業界団体が結集して「危険な、憎悪に満ちた、破壊的な、かつフェイクであるコンテンツ」に対処しようとする取り組みである。
● 2019年に立ち上げられた「意識的な広告ネットワーク」(Conscious Advertising Network)は30以上の組織から構成される連合体で、ヘイトスピーチ、フェイクニュース、ダイバーシティを含むさまざまな論点を網羅した自主的規範を通じ、産業倫理が現代の広告テクノロジーに追いつくようにすることを目的としている。

勧告:
● 国は、実効的な規制等を通じて保護義務を果たすとともに、広告主およびメディア企業による責任ある行動を推進しなければならない。

 

◎労働の世界における暴力とハラスメントに終止符を打つ
労働の世界における暴力およびハラスメントに関するILO第190号条約が採択された。ジェンダーの側面に目を向けながら、この条約を防止と救済のためにどのように役立てることができるか。

課題:
● 世界保健機関によると、15歳以上の女性の少なくとも35%が性的または身体的暴力を受けた経験を有する。ジェンダーに基づく暴力は、組織的であり広範に行なわれているにもかかわらず、依然として職場における人権侵害の中でももっとも容認されているもののひとつである。
● ジェンダー平等を扱う問題への対応は事業の拡大につながるようなものではなく、企業にとってよいことであると企業に納得させるのが難しい。
● 職場におけるハラスメントを理解するのはいまだに難しいことであるため、使用者とスタッフを対象とする明確な行動規範が整備されなければならない。

展望のある実践:
● 組合は、ILO第190号条約を活用し、交渉により保護の強化を求めるほか、同条約に則った法律を制定するよう国に要求することもできる。
● 国、NGO、国内人権機関などの機関は、企業への研修を通じて、ハラスメントとは何か、ハラスメントの効率的防止策、ハラスメントが行なわれたときの実効的救済へのアクセス、加害者への制裁および被害者の保護を図る方法についての知識を提供することができる。

1 報告書の全文はIMADRのホームページで掲載しています。
2 インターネットを通じて単発の仕事を受注する非正規労働によって成り立つ経済体系のこと
3 インターネットを通じて単発で仕事を請け負う労働者のこと