災害時における障害者の人権

瀬山 紀子
DPI女性障害者ネットワークメンバー

新型コロナウイルスの感染拡大のなかで
新型コロナウイルスの感染拡大による世界規模の緊急事態が進行中だ。4月7日には、東京、大阪などの7都府県を対象にした緊急事態宣言が出され、事態の深刻さが増し、緊張感の高い生活が続いている。今の事態は、今回のテーマである「災害時における障害者の人権」という課題に直結している。「災害」1は、その渦中を生きるすべての人に強い影響を与えるものだが、同時に、その影響は、社会のなかで困難な状況に置かれてきた人により強く作用することもこれまでの経験から明らかにされてきた。「災害」は、それまでの日常の中にある課題を浮き上がらせ、その課題を増幅させる。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、一部地域を襲う気象災害とは異なり、全世界が対象となる大惨事だ。そして、現時点では終息も見通せない。ただ、この非常事態がこれまでの災害と同様に、現在の社会のなかの脆弱さを際立たせるものであることは確かだ。その意味でも、いま、そしてこれまでの災害のなかで見えてきた課題を確認し、まずは共有したいと思う。

現在の動きから
この間、新型コロナウイルスの感染拡大に関連し、いくつかの障害者団体などが声明や提言、要望書を発出している2。それらの文書のなかでほぼ共通して表明されているのは、緊急事態のなかで障害を理由とした命の選別が行われる可能性があることへの強い危機感である。すでに、人工呼吸器や医療従事者の不足が深刻化するなかで、障害がある人は人工呼吸器の装着の優先順位を低くされるといったことが他国でも起きているという。
障害学会はその声明のなかで、トリアージにおける障害を理由とした命の選別は、「障害者差別解消法が官民に対して禁じている『不当な差別的取り扱い』」にあたり、「障害者権利条約も、障害者の生命の権利(10条)と危険な状況においての障害者の保護及び安全確保(11条)を求めて」いると警告している。こうした緊急事態のなかでこそ、障害者権利条約などの人権条約が守られ、活かされる必要がある。それら要望書では、同時に感染症やその相談などに関する情報アクセシビリティの確保と徹底も重要事項として示されている。
また、今年3月にニューヨークで国連女性の地位委員会に合わせて開催される予定だった国際障害同盟(International Disability Alliance)主催の障害女性の国際シンポジウムが、オンラインでの開催に形を変え、「COVID-19危機と障害女性の人権」をテーマに4月8日に実施された3。セミナーには、欧州、アフリカ、アジア、南米、南太平洋などの地域から10人の障害女性リーダーが参加し、緊急時における情報アクセスの欠如によって障害女性たちの情報からの疎外が起きていること、都市のロックダウン状況のなかで暴力・DVが深刻化する懸念があること、政策の意思決定の場に障害女性が不在であることなど、共通する世界の課題が話し合われていた。またシンポのなかでは、現在経験しているそれぞれの困難を記録にとどめると同時に、発信していくことが必要だということが強調されていた。
現在、筆者もメンバーの一人として関わっているDPI女性障害者ネットワークでも、一人ひとりが感じている不安を出し合い、課題としてまとめ、社会に発信していこうと文書づくりを進めている。私自身は、現在のところ障害をもたない立場ではあるが、障害のある人とない人があたり前に関わりながら暮らす社会のあり方を共に考える立場でこの問題に取り組んでいる。この先、団体のHPなどで発信を行っていく予定だ。

東日本大震災の経験
9年前の東日本大震災の際、DPI女性障害者ネットワークは被災地の混乱した状態のなかで、障害がある人、なかでも女性たちがより困難な立場に置かれる可能性があると考え、そのことへの注意喚起と、具体的な対応策を書いた「被災地での障害がある人への基礎的な対応 -あなたの避難所にこんな方がいたら-」というリーフレットをつくり、3月半ばからネットなどを使って情報発信を行った4。
ただ実際には、障害がある被災者の人たち、中でも車いす利用者は、通常の避難所は利用できなかったという声も聞こえてきた。仙台で介助者を入れて暮らしていた女性は震災後すぐに一時避難所になった近所の小学校に行ったが、車いすでは方向転換もできず、避難所になった体育館には車いすで使えるトイレはなく、仕方なく自身が働く仕事場に戻り、そこでほかの障害者仲間と介助者で状況を凌いだと話してくれた。
一般の避難所を障害がある人も含めた、多様な人の受け入れを想定したアクセシブルな避難所にしていくことは、その後にも続く課題だ。地域には多様な人たちが暮らしている。日頃から、多様な一人ひとりの存在を切り捨てない地域づくりを進めることが必要だ。
また、東日本大震災の際には、東京などいわゆる被災地からは少し離れた場所でも停電などが断続的に実施された。そのため、一部の駅のエレベーターやエスカレーターが停止したり、文字情報を伝える電光掲示板や駅構内の電気が消されたりもした。そこには、緊急時であるため「多少の不便」は仕方がない、という暗黙の了解があったように思う。つまり、そうした不便が「多少の不便」で済むような人、つまり階段での昇降ができ、音声情報を聞き、暗さがそれほど問題にならない人たちが「暗黙の了解」を作り、それらが命にかかわる人たちのことは忘れられていくような状況ができていた。そうした空気が、個別のニーズがあってもそれを口にすることを許さない閉塞感を生み出していた。
災害時は、それまで多くの人たちが声をあげつくってきた環境が、いとも簡単にバリアフルな社会に逆戻りさせられてしまう。そして日常的に声を上げにくい人たち、特に困難が重複しやすい障害のある女性をはじめとした複合的な困難を抱える人たちが、より声を上げられない状況が作られていく。

災害をばねに
一方で、東日本大震災の後出会った人たちの話として印象に残ったことがあった。それは、震災前は成人後、施設か親元で暮らす以外には選択肢がないと思っていた人が、震災によって人や情報と出会い、自立生活をはじめたという話だ。また、震災で家を失ったことで家族以外の人とのつながりができ、その後の新たな生活がはじまったという話もあった。災害によって日常が壊されたことによって、日常の中にあった社会の壁が崩れていく。それは、新しい日常を作り直す契機にもなりうる。
新型コロナウイルスの感染拡大による大きな社会変化がすでに起こりつつある。その変化を、社会の多様な人たちの存在と参画を前提にした変化にしていく必要がある。私たちは、一人ひとりの人の命と暮らしを大切にできる社会に歩を進めることができるのか。本当に大きな試練の時を過ごしていると感じている。

1 この文章を書いている時点(4月15日)で、国は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大を、法律上の「災害」には指定はしておらず、今回の事態は、災害対策基本法や災害救助法、激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律等の適用対象にはなっていない。
2 障害学会理事会声明、DPI日本会議ほかによる要望書など、新型コロナウイルスと障害者に関わる声明文や動きなどの情報については、次のリンクに詳しい。http://www.arsvi.com/d/id.htm#c3
3 IDA主催のセミナー「Virtual Event: Promoting the Rights of Women and Girls with Disabilities in the midst of the COVID-19 crisis」については、次のリンクを参照のこと。http://www.internationaldisabilityalliance.org/events/virtual-event-promoting-rights-women-and-girls-disabilities-midst-covid-19-crisis
4 リーフレットは、次のリンクからダウンロードが可能。https://dwnj.chobi.net/?p=320