伊波 園子
沖縄県立高校教諭
本著は沖縄のヤンキーや暴走族と実際に生活を共にしてインタビューした調査記録である。
読み進めながら私の脳裏に繰り返し浮かんだのは、地元の中学の同級生たちである。中学3年の秋、ヤンキーの男子10名が、後輩の男子2名を、気に入らないからとの理由で夜中の闘牛場で殴る蹴るの暴行を加えたことがあった。翌朝緊急集会で体育館に集められた私たちに、生徒指導の先生は被害者の顔が二倍に腫れあがっていたことを強張った顔で告げ、赤土と血でどろどろになった制服のシャツを見せた。高校受験を間近に控えていた私にとって、それは別世界の出来事だった。翌春、私は隣町の進学校へ進学した。ヤンキー達は地元の高校へ進学した。それきりである。
一読して、著者・打越氏の体当たりの調査に手に汗握る。「話を聞かせてもらうには、相手に失礼のないよう信頼関係を築かなくてはならない」と考え、国道58号線の暴走や建設業の仕事でパシリとして彼らと関わり、関係を築く。灼熱の建設現場で過酷な仕事を一緒に行い、先輩とのギャンブルに給料のほとんどを持っていかれ、風俗店からベッド搬出の手伝いをする。年月にして、なんと10年を費やしたという。そうして聞き取られた若者たちの言葉は、本土のひとにとっては注釈ばかりの読みづらいものに違いない。一例をひく。
「ロケット花火、しに〔たくさん〕投げられるわけよ、背中に当たって、(先輩たちは)てーげー〔めっちゃ〕笑ってるわけよ。(逃げるために)海に飛び込んでも、(水の中から先輩たちの)笑い声聞こえるぜ。聞こえるばーよ、息継ぎがあるさ、息継ぎ(で水上に)出た瞬間、ピューってから(花火が飛んで)くるばーて、しにうしえてたよや〔すごくバカだったよ〕」
このように、男たちの世界には過酷な上下関係があり、日常的な暴力があった。家庭で頻繁に暴力を受けて育ち、居場所がなく、学校からも排除され、彼らの交友関係はバイクやパチンコや飲み屋(キャバクラ)へと広がっている。しかし将来の選択肢は少なく、先は見えない。
打越氏と共同研究者である上間陽子琉大教授の『裸足で逃げる』は、沖縄では本著と双璧を成すベストセラーだ。沖縄の夜の街で働くシングルマザーの少女たちへのインタビュー調査である。私が勤めている進学校には、将来教員や看護師や公務員など、いわゆる安定した仕事に憧れる生徒が多い。彼女らに『裸足で逃げる』を薦めると、きまってショックを受けたと感想を言うのだが、「沖縄でこんな子が居るなんて」「うちの地元には居ませんでした」と無邪気に返される。公的な仕事に就く上でそうしたひとびとを『見ない』ことは許さない、と私は何十人もの生徒にこの本を貸して読ませた。
沖縄では基地の捉え方について、基地問題の当事者である中部と基地の少ない南部や北部、離島の間で大きな隔たりがある。加えて年齢層によってもその捉え方に分断がある。同様に、安定した家庭や学びの場所が保証された層と、貧困と暴力に浸された層とで分断がある。後者は「子どもの貧困」として最近ようやくクローズアップされてきたが、その溝は容易に埋まらない。首里城への寄付は瞬く間に数億と集まるが、ヤンキー達がもがき苦しんでいる状況に伸ばす手は少ない。本著は、見えてない世界への橋渡しになるはずだ。
20年前、ヤンキー文化に「別世界のことだ」と辟易した地元では、ちょうど私がこの本を読んでいる最中に成人式が行われ、軍歌のような音楽とバイクをふかす排気音とパトカーのサイレンがけたたましく聞こえた。別世界を「見なかった」私はあの頃、彼らの生活やその先に広がっているものを想像することができなかった。
後輩をくるした(ぼこぼこにした)あの同級生は、今頃どうしているのだろう。
『ヤンキーと地元』
打越 正行著
筑摩書房 本体1800円+税
2019年3月