谷口 真梨子
Room to Heal ボランティアスタッフ
ロンドン・ダルストン地区。駅の目の前に青果やエスニック食材を扱う大きな青空市場が広がり、ロンドン中心部よりも移民の多さを感じるエリアだ。この地にある小さな非営利組織Room to Healで、私は週3回ボランティアとして、アドミンやファンドレイジング、ケースワーク、そして料理を担当している。Room to Healは、世界30カ国からの「トラウマを抱えた難民/難民申請者」を支援している団体だ。今、「難民」は世界中でホットトピックであろう。紛争や迫害によって移動を強いられた人は世界中で7千万人を超え、計測史上最高人数を記録している。イギリスは、2018年度に3万1千件の難民申請数を記録し、難民認定数は9千人。EUの中ではドイツなどに比べると数は決して多くないが、Brexitも国民の反移民・難民感情の扇動の結果と言われているほど、「難民」は重要な課題だ。そのイギリスにおいて、難民支援が草の根レベルでどのように行われているのか、実情をお伝えしたい。
国連も注目するRoom to Healのコミュニティモデル
2007年に設立されたRoom to Heal(以下、RtHと記す。癒しの部屋 の意)は、主に中東・アフリカからイギリスに逃げてきた「トラウマを抱えた難民/難民申請者」をサポートしており、現在、約80人のメンバーを支援している。彼らは、難民条約による難民の定義「人種、宗教、国籍、政治的意見、または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた人」の通り、人種・宗教やLGBTであるなどの理由で拷問やレイプなどの集団的暴力の被害に遭い、国を逃れざるを得なかった人びとだ。集団的暴力の爪痕は大きく、皆何らかのトラウマを抱えている。RtHは彼らがトラウマを克服し、イギリス社会の中で人生を再建できるよう、個々のニーズにあったサポートを「家族のようなコミュニティ」の中で行っている。それぞれのニーズに合わせるために、難民申請手続などの法的支援や生活費・住居等の「物理的支援」と、トラウマを克服するための臨床心理士によるセラピーセッションを含めた「精神的支援」の二つを組み合わせた「ホリスティックアプローチ」と呼ばれる手法をとっている。そして、スタッフ・メンバー・ボランティアを含めた皆が「家族的なコミュニティ」を形成していることが特徴的であり、その「コミュニティモデル」の有効性が高く評価されて国連からファンドを受け、アフリカにこのモデルを輸出しようとしているところでもある。
具体的支援の流れ
【受け入れ】
具体的な支援内容について説明するとイメージが湧きやすいだろう。まず、どのように彼らがRtHにたどりつくかというと、ほとんどが他団体からの紹介だ。ロンドンには他に大きな難民支援団体があり、臨床心理士がセラピーを行ったり、法的な支援などを行ったりしている。しかし、それらの団体はRtHのように「コミュニティ」を形成しているわけではないので、コミュニティモデルの方が適切とされて紹介されて来るケースもある。また、公的医療機関の精神科から紹介されてくる場合もある。イギリスは難民や難民申請者も含め、合法的に居住する人は医療費が無料のため、難民たちも無料でセラピーが受けられるが、予約が非常に取りづらく、かつきめ細やかな対応まではできないためである。
【物理的支援と精神的支援の両輪】
受け入れが確定すると、毎週火曜日のグループセラピーに参加することとなる。15人弱のグループが2つあり、1グループを臨床心理士2人が担当する。グループセラピーへの恒常的な参加がトラウマへの回復に効果的なため、メンバーの出席状況は必ずチェックされる。グループセッション中、扉は閉められ、プライバシーの確保と他の人には話を聞かれないという聖域が守られる。一方、私を含めたボランティアは、セッション中に計30人分の料理を作る。£40(約5,600円)という少ない予算内で買い物を済ませ13時のセッション終了に間に合うよう調理する。セッションが終わると、スタッフ、メンバー、ボランティアが全員一同に会し昼食をとる。大家族のように昼食を食べるのもセラピーの一種と考えられている。難民は家族を置いてイギリスにやってきており孤独感に苛まれやすいが、皆で話しながら食べることで帰属感が生まれ、生きる喜びの回復にも繋がっていくのだ。昼食後にはオフィスの庭でガーデニングなどの活動も行う。植物の成長を見ることは、喜びに繋がるため、ガーデニングもセラピーの一環として設立当初からずっと実践してきた。
セラピーと並行して行われるのが、物理的支援とされるケースワークである。RtHにはケースワーカーが2人おり、メンバー一人ひとりの物理的ニーズに対応する。主に、難民と認定されるための難民申請手続きを弁護士と一緒に進めたり、生活保護の申請手続を進めたりする。難民申請中の就労はイギリスではほとんど認められていないため、難民認定と就労許可がおりた時のために、それぞれの興味にそって外部組織と連携しながらさまざまな教育機会を支援している。英語やPCスキルのみならず、フラワーアレンジメント、ベーカリー、ヘアメイク、縫製など、教育機会はかなり充実している。重要なのは、ケースワーカーが臨床心理士と緊密に連携をとっている点だ。ケースワーカーの対応もメンバーの心理面に影響を与えるため、どのように対応すべきかを臨床心理士に確認するなど常に情報を共有している。また、難民認定を後押しするための当局宛サポートレターを臨床心理士が書くことも多い。
【いつでも帰れる場所としてのコミュニティ】
毎週金曜日夕方も重要だ。オフィスを出てエンジェルという中心地にあるガーデンまで出かけ、今度は難民のメンバーがメインシェフとなり夕飯作りをする。ボランティアやスタッフはそのサポート役だ。毎週違うシェフが登場し、各国料理が楽しめる。料理に参加しない難民のメンバーはガーデニングをしたり、スタッフやメンバーと話したりする。出来た料理を、美しいガーデンで、冬には焚き火を囲みながら食す。難民認定が取れて就労して忙しくなったり、精神的に回復したりしてセラピーグループを抜けたメンバーも、この金曜日のガーデンにはよく遊びに来る。「ここは、いつでも自分を受け入れてくれる、帰れる場所」なのだと彼らは話す。
大手企業や国連からの資金援助があるも、厳しい経営
RtHは、イギリス国内でも稀有な難民支援におけるコミュニティモデルを評価され、国連、大手企業やさまざまな基金から資金援助を受け運営されている。しかし、経営は安泰とは言えない。日本に比べて非営利団体への資金提供者は相当数いるが、非営利団体も相当数あるので競争は激しい。昨今は国の福祉予算削減により非営利団体に流れる助成金が減り、資金需要が増しているため、競争はさらに激化している。また、新自由主義的な流れはソーシャルセクターにも押し寄せ、非営利団体の評価もビジネスライクに数字や新しさを求められるため、数字に表れにくい地道な活動をしているRtHは資金獲得のプレゼンに苦労を強いられている。
RtHに関わって1年余りだが、私自身もコミュニティモデルの有効性を実感している。外国人としてロンドンで生活する私にとっても今や第二の家族のような存在だ。年内に帰国し、今後は団体の先行きを遠くから眺めることになるが、RtHモデルの認知があがり、より多くの難民が細やかなサポートを受けられるようになることを願ってやまない。