インターネット上の差別に対する規制

金 尚均
龍谷大学法学部 教授

ドイツにおけるインターネット上の差別に対する取り組み
2018年にドイツでSNSに対する法執行法*が制定された。本法は、とりわけ、 Facebook、Google、Twitter、YouTubeなどのインターネット上の大手ソーシャルプラットフォームを運営するSNSのホスティング・プロバイダを名宛人として、ユーザーによるプラットフォーム上での書き込み・投稿、つまり意見表明について一定の措置を求める。本法の主たる内容は、公然の人種差別表現、つまりヘイトスピーチ(民衆扇動罪)、児童ポルノまた違法薬物販売など、ソーシャルプラットフォーム上での違法な内容の表現についてSNSのプロバイダが削除又は情報のブロッキングなどの措置を施すことを義務づけ、そしてこれを懈怠した場合の制裁である。本法の要旨は次通りである。

①ドイツ国内に200万人以上の利用者のいるSNSの運営者を対象とする
②利用者が簡単にアクセスでき、かつ常に利用できる苦情手続を提供する
③利用者の苦情を遅滞なく受け取り、刑法上問題になるのかを検証する
④明らかに刑法上問題になる内容の表現は、苦情を受け入れてから24時間以内に削除、又は情報へのアクセスを妨げる
⑤苦情に関する決定について、苦情を申し立てた者、及び書き込み利用者に理由を説明する
⑥ソーシャルネットワークの運営者は、苦情に関する有効な処理システムを整えず、特に処罰に値する内容の表現を完全、又は迅速に削除しない場合には、秩序違反法を犯したことになる。苦情処理に関する責任者には最高500万ユーロ、企業に対しては最高5000万ユーロの過料を科す
本法1条1項では、利益を得ることを意図して、利用者が他の利用者と任意の内容を享有し、又は公共の場で閲覧に供するインターネット上のプラットフォームを運営する事業者を対象とする。同条2項では、国内利用者が200万人以上のソーシャルネットワークを対象とする。同条3項では、刑法上違法な表現内容の対象を規定する。本法は、SNSへの問題のある投稿に関して、ユーザーからの苦情の取扱いの義務づけなどを事業者側のコンプライアンスの一環として定めている。これにより、従来のドイツ通信媒体法による民事責任に加えて、国家による規制によってプロバイダは単に情報交流の場の提供者でいられなくなった。
従来からもSNS上での権利侵害に対して当該SNSが独自に定めたコミュニティ規定に基づいて削除などをしてきた。本法はこの削除やブロッキング手続を法的に義務化して、苦情・通報へのSNS側の対応を強化させるねらいがある。その際の一つの特徴は、特定の投稿に関する削除又はブロッキングを、裁判所ではなく、私人であるSNSプロバイダが判断することである。加えて本法は、義務を懈怠した場合に過料(責任者約6億円、法人約60億円)を科す仕組みになっている。

法が成立した背景とは?
本法の背景には、第一に、単に表現と交流の場としてのプラットフォームを、中立の立場であり、かつ表現の自由という基本的人権の保護に照らし、表現の内容について司法判断に委ねるとしたプロバイダの消極的姿勢、第二に、問題ある投稿による法益侵害の拡散と継続、そして第三に、投稿者の表現の「野放し」状態、の三つ巴の狭間で、ホスティング・プロバイダを対象にしてとられたインターネット上の表現対策という事情がある。とりわけSNSという特定の提供者によって設営された特定のサイバー空間・プラットフォームでは、運営者が単に野放図に場の提供をするだけで、表現者間のマナーによる秩序だった環境の中で議論が展開されることはない。結果的にプラットフォームが差別表現や犯罪表現の温床となるが、これらのプラットフォームは利用者にとってお互いに顔や目を合わさない環境で好き勝手にすることが許される自己主張のための「自由な環境」と見なされるため、露骨な排除や差別を示す表現が当然のように繰り返される。インターネット技術の発展によって、社会において差別に対する障壁が低くなるおそれすらある。そのため、プロバイダの側でのルール作りが必要になる。しかもSNSが公共空間であることから、一般社会における規範と同じルールも適用される必要がある。とりわけ営利を目的としてプラットフォームを運営する者は、一般と同様の法規範が妥当するようにプラットフォームを整備することが求められる。こうして本法は、制裁規範を定めることでSNS上での法の貫徹を意図している。
もう一つの背景として、差別表現があっても誰が投稿したのかがすぐには探し出すことができず、投稿者の特定に時間を要すること、そしてインターネット上での投稿の拡散、拡散の範囲と速さ及び結果の惹起が持続的であるという意味で、実害が継続すると状況がある。これは、本法のようにプロバイダを名宛人とする法規制には、投稿者のほとんどが匿名であり、プロバイダによる投稿者の特定はできず、これを知るためには、ホスティング・プロバイダからIPメールアドレスを知り、その上で経由プロバイダに発信者情報の開示を請求する必要があることに起因する。
これらのインターネット上の表現に特有な問題に照らすならば、私人による特定の表現内容に関する審査とそれに基づく削除・ブロッキングの必要性を認めざるを得ない。もちろん、本来保護されるべき内容の表現が削除された場合には、表現の自由の侵害として損害賠償の対象となる。ここでは、インターネット上の表現による法益侵害・危殆化の特殊性に対応した被害の拡大回避と表現の自由との衡量が行われているように思われる。そのため措置の対象表現を刑法典の表現犯罪に限定しているのではなかろうか。しかも実害の拡大回避に迅速に対処できるのはホスティング・プロバイダだという事情がある。

※参考〈日本におけるインターネット上の人権侵害に対する規制〉
日本においてもインターネット上の人権侵害に対して情報削除や被害救済を求める動きはたくさんあるが、常に法律上の困難に直面する。市民運動や法律家の間ではすでに法整備に関する議論が始まっている。直面している問題について以下にまとめる。

①削除及び発信者情報開示請求における困難性
現状では、インターネット上の人権侵害があってもプロバイダが任意に当該情報の削除・発信者情報を開示してくれることはほとんどない。削除請求に関して任意に削除してくれるプロバイダもあるが,プロバイダ毎に対応が異なり、任意請求で問題が解決することは少なく、裁判所の仮処分決定が必要となる場合が多い。

②裁判の困難性
仮処分の申立をするには通常弁護士に依頼する必要があり、多くの大手プロバイダは海外に所在地があるために仮処分の決定が出るまでに多くの時間を要する。被害者が削除及び発信者情報開示の裁判をするためには、膨大な金銭的・時間的コストがかかり、ほとんどの被害者は泣き寝入りせざるを得ない。

③アクセスログの保管
アクセスログの保管に関して保管すべき内容及び期間に関する定めがないため、発信者情報開示請求を行ったとしても業者によりすでに情報が削除されてしまっており、特定できないことがある。

④不特定の者に対するヘイトスピーチについての問題点
現行法では不特定の者に対するヘイトスピーチは削除の対象とならないため、法規制の手段がなく野放し状態である。
情報提供:宮下萌(弁護士、IMADRフェロー)