高見 陽子
ウィメンズセンター大阪 代表
2010年、日本で初めての病院拠点型ワンストップ救援センターができた。訪れる被害当事者の声や叫びからは、日本という国が、人権を守るという当たり前のことを、あらゆる機関でできていないことがみえてくる
多岐にわたる支援
性暴力救援センター・大阪SACHICOは、病院拠点型のワンストップセンターである。24時間365日のホットラインで支援員が待機し、被害の状況を聴いている。緊急避妊ピルが有効と言われる被害後72時間になろうとする場合や、被害のため混乱し、どうして時間を過ごしていいかがわからなくて電話をかけてくる人もいる。SACHICOでは、被害はいつ受けたのか、誰からか、今いる場所は安全か、誰といるのか、怪我はあるかなど、話せるところから話してもらい、すぐに来所が必要であれば、深夜でも安全に来所できる方法を一緒に考える。
被害当事者が警察に直接行った場合は警察から連絡があり、警察官とともに来所し、診察を受ける。被害のあと、シャワーを浴びたり入浴するまでにできるだけ早く受診するのが望ましい。しかし、身体を洗い流したいとの思いは、当然起こる。そういう場合でもあきらめる必要はないし、病院拠点であれば性感染症・妊娠の検査とともに、身体全体の傷や、性器付近の傷を産婦人科医師の診察によって明らかにできる。しかし、産婦人科医師の意識や対応によっては重篤な二次被害になることがある。被害当事者を大切に思う丁寧な診察が必要だ。病院拠点型ワンストップセンターでは、カルテに記載し、本人同意のうえ診断書をとることもできるし、膣内容物を採取して救援センターで保管しておくことも可能だ。
警察は事件性があると判断した時には証拠物を採取して持ち帰るが、事件性がないと判断すると被害当事者がいくら「性暴力被害にあった!」と訴えても被害届は受理されない。加害者に法的制裁を加えたい、加害者を処罰してほしい、刑事裁判以外の方法は考えられない。そんな思いの当事者に寄り添いながら、家族や知人など周囲の怒りの勢いに振り回されていないか、それが被害当事者の意思なのかを丁寧に確認していく。
もちろん、最初はそのつもりであったのが途中で気持ちが変わることもある。告訴の段階で、処罰を望む思いとともに恐怖感に襲われてパニック状態になる被害者もいる。被害が再現され、吐き気や嘔吐、手のしびれ、頭痛、身体全体が震えるなどの症状が続き、終わりがないと思うと苦しく耐えられないと言う被害者もいる。警察への同行依頼があり待ち合わせても、被害者の体調などによってその日は延期になることもある。被害をうける前までは人との約束を守り、時間の厳守もできていた人が、当日になって約束の場所に行けなくなることがある。この状態こそが被害を受けたことによる症状である。
調書の作成や人形を使っての被害の再現、写真判定などを終えたあと、現場検証に続くが、8時間以上はかかるため疲労感やフラッシュバックに苦しめられる。この間、頻繁に嘔吐や過呼吸、貧血、頭痛が起こる場合も多い。特に写真による面通しの後で「◯番のこの人に間違いありません」と気丈に応えながらも、支援員と二人になった時に警察官の前では言えない言葉が必ず出る。「殺してやりたい」という叫び、号泣などに寄り添いながら、水分補給を促す。
都道府県によって異なる対応
検察庁への同行も、被害者が検事室の中まで支援員に入ってほしいと要望すれば可能だ。検事・事務官ともに女性を要望することもできる。検事との聴取は警察よりも短時間ではあるが、それでも長く、辛い時間だ。これで起訴・不起訴が決まるため緊張の度合いも大きく、検事室で過呼吸があり、倒れこむ被害者もいる。そのような場合は衣服を緩め、手を握り、水分の補給などとともに今いる場所の確認と安全性を話し、これらの症状が起こるべくして起こり、身体が当然起こす反応であること、永遠に続くものではないことを確認する。
実況見分、現場検証への同行依頼が当事者からあれば支援者として立ち会うが、同行を快く思わない捜査機関もある。一方被害者への配慮から、捜査機関から支援者の同行を依頼されることもある。実況見分や現場検証では、強い恐怖感から全身の震えが続き、思考停止や、解離がおこりやすい。そのために被害当事者の訴えが正確に伝わらなかったり、捜査が正確にできないことがあるためだ。当事者が支援員の同行を希望すれば拒否できないはずだが、警察署、担当者、検察、裁判所などの対応は都道府県によって異なる。本来は、全国どこでも同じ支援をうけることができるべきだ。
怒りや孤立感を表現するのは当事者
捜査関係者それぞれの違いはあるものの、よく聞かれる質問が「あなたはなぜ、このような被害にあったと思いますか?」というものだ。そう問われると、被害当事者は「夜遅い時間に一人でいたから」「すぐに人を信じてしまったから」「大声をあげて助けを呼ばなかったから」などと考え、「そうしなかった私が悪かったのか・・・」との考えに落ち入り、取り戻しかけた自尊感情が自責感で押しつぶされてしまう。このような二次被害を受けながらも、「私は悪くない、卑劣な被害をうけたのだ」「加害者を罰してほしい」という思いから刑事裁判にのぞむのである。
いずれの場合も、性暴力被害者に理解のある弁護士の存在は大きい。しかし、弁護士との関係において、自分の気持ちが理解されていないと感じたり、質問された言葉に傷ついたりして、「私の味方だ」と思えない感情が起こることがある。辛い被害の再現や衝撃とともに孤立感に襲われ、味方はいないと感じたり、無口になったり、抑えようのない怒りが出たり、弁護士との打ち合わせを苦痛に感じることもある。人間不信の状態での面談ではあらゆる過剰反応がおきるが、支援員は被害者の言いたいことを代弁するものではないし、怒りを先取りするものでもない。なぜなら怒りや孤立感、焦燥感、無力感は被害当事者のものであり、それらを表現し、伝えるのは被害当事者の権利だからである。ただし、緊張感で一番主張したかったことを話せていないと感じたときは、話したいことはすべて話せたか、検事、警察官あるいは弁護士の質問を理解できたかを確認し、調書の記述が違うと思ったら言い直すことも伝える。そうして被害者の伝えたい言葉を整理して次回の面接に繋ぐ。
刑法性犯罪規定も少しずつ改正されているが、嫌疑不十分による不起訴・無罪判決は多い。「暴行または脅迫」の撤廃と性交同意年齢の引上げは急務である。家の中で夫に緊張を強いられること、職場の上司や同僚から暴力を受けること、外を歩いたら被害に遭うこと、人を信じたら被害に遭うこと、常に大声を上げる準備をしていないといけないこと、こうしたことが異常であり、被害にあったのはあなたのせいではないと言い続けたいと思う。日本の社会は、ジェンダー暴力、セクシュアル&リプロダクティブ・ヘルス&ライツが保障されていないのが現実である。