夫婦別姓はなぜ叩かれるのか

坂本 洋子
mネット・民法改正情報ネットワーク理事長

はじめに
法務大臣の諮問機関である法制審議会が1996年2月に選択的夫婦別姓制度導入の民法改正を答申してから24年が経過したが、いまだに民法改正は実現していない。
選択的夫婦別姓に反対の理由は、当初は「家族の絆」や「夫婦の一体感」が壊れるとか、「子どもがかわいそう」などであったが、ここ数年、国会答弁で政府が法改正をしない理由に挙げているのは「世論の動向」だけである。しかし、政府の世論調査を見ると、選択的夫婦別姓への賛成は反対より多い。しかも、男女ともに反対が賛成を上回っていたのは70歳以上のみで、結婚で改姓を強いられる女性については圧倒的に賛成が反対を上回っている。
国連が1975年を国際女性年と定めて以降、男女平等化は急速に進み、それに呼応する政府の男女平等施策の推進とともに、女性の職場進出の高まり、家族観や結婚観やライフスタイルの多様化が、世論調査結果に反映されてきたのである。ところが、政府はそのことに背を向け、民法改正を求める声にも耳を閉ざし、法改正を怠ってきた。

平等と多様化は国際的な潮流
人権政策で、「世論」を理由に、政府がこれほど長く法改正しないこと自体が問題であり、国連女性差別撤廃委員会は世論のみを理由に法改正しない日本政府を厳しく批判している。
そもそも、夫婦同姓の見直し論議は戦後の新憲法制定による家制度廃止にまで遡り、法制審議会ではたびたび俎上に上ったが、答申には至らなかった。その後、1991年の新国内行動計画に「男女平等の見地から夫婦の氏や待婚期間の在り方等を含めた婚姻及び離婚に関する法制の見直しを行う」と明記され、具体的な検討が行われてきた。これに呼応し、法制審議会は1991年に見直し作業を開始した。5年の歳月をかけ、丁寧に議論を重ね、1996年2月に法務大臣に法改正を答申したのである。
個人の尊厳や男女平等といった憲法や条約の理念に沿って見直すことが出発点であったにもかかわらず、そのことは蔑ろにされ、一部の「世論」だけが理由とされてきたのだ。

民法改正を阻む保守派の動き
法制審答申により、選択的夫婦別姓制度が現実味を帯びてくると、これに危機感を持った保守派は答申の翌月、「夫婦別姓に反対し家族の絆を守る国民委員会」を設立した。保守派の激しい反対運動が功を奏し、自民党法務部会では法案提出が了承されなかった。この国民委員会の流れを汲むのが日本会議である。そして、超党派の保守派議員は「日本会議国会議員懇談会」を発足させ、日本会議と歩調を合わせてきた。現在、安倍晋三首相はこの懇談会の特別顧問を務めるなど、夫婦別姓の強硬な反対派として知られてきた。
また、2001年の政府の世論調査で、夫婦別姓賛成が反対を上回ると、自民党内からも法改正を求める動きが活発化した。これに危機感を持った日本会議は、日本会議の中に日本女性の会を結成した。副会長には、夫婦別姓反対を鮮明にしていた山谷えり子、西川京子、高市早苗らが名を連ねていた。

憲法24条改正論議と夫婦別姓 
自民党憲法改正プロジェクトチーム(PT)が2004年6月に公表した「論点整理(案)」には憲法24条改正が盛り込まれていた。「婚姻・家族における両性平等の規定は、家族や共同体の価値を重視する観点から見直すべきである」と明記したのだ。PTでは「夫婦別姓が出てくるような日本になったということは大変情けないことで、家族が基本、家族を大切にして、家庭と家族を守っていくことが、この国を安泰に導いていくもとなんだということを、しっかりと憲法でも位置づけてもらわなければならない」という意見が出るなど、憲法24条と夫婦別姓は密接な関係であることが浮き彫りとなった。

多様化な家族を否定する安倍氏
自民党は2005年、山谷えり子参議院議員が中心となって「過激な性教育・ジェンダーフリー教育に関する実態調査プロジェクトチーム(PT)」を立ち上げ、当時幹事長代理をしていた安倍氏は座長に就任した。PTのシンポジウムで安倍氏は、「ジェンダーフリーを進めている人たちには一つの大きな特徴がある。結婚とか家族というものに価値を認めていない。それは社会の破壊、文化の破壊にもつながっていく。家族の認識は多様で、おばあちゃんは家族じゃないけれど猫は家族だね。これを認めている。家族に対するある種の憎しみに近い異常な情念を感じる」と述べ、家族の多様化を批判した。
翌年の官房長官時代に書き下ろした『美しい国へ』でも、「子どもたちにしっかりした家族のモデルを示すのは教育の使命」と述べ、教科書の多様化に関する記述を痛烈に批判していた。

選択的夫婦別姓を阻む安倍政権
2007年の参院選で選択的夫婦別姓に賛成の野党が過半数を取ると、その年の12月、保守派議員らが「真・保守政策研究会」を結成した。民主党政権になると、研究会は「創生『日本』」に改称し、安倍会長のもとで、夫婦別姓に反対する運動方針を採択した。2012年に政権を取って首相となってからは、安倍首相は自身のブレーンのほか、閣僚、政府の重要会議や審議会などに保守派の論客を次々に起用し、選択的夫婦別姓は絶望的な状況となった。
人事権を官邸に集中させた安倍内閣は、府省だけでなく司法の人事にまで介入し、安倍内閣への「忖度」と言える司法判断が行われた。最高裁大法廷は2015年12月、夫婦同姓規定を合憲としたうえで、解決を国会に委ねたのだ。合憲判決以降、政府答弁は、最高裁からのお墨付きをもらったかのように「合憲」を盾に、さらに後退した。最高裁が立法不作為を助長したことは明らかで、その責任は極めて大きい。

夫婦別姓は平等と多様化の試金石
一昨年、通称使用の限界から、戸籍法改正を求める訴訟が提起された。また、第二次となる夫婦別姓訴訟も各地で提起された。全国の地方議会では、選択的夫婦別姓を求める請願や意見書が採択され、政府には多くの自治体から決議文が届けられている。国際社会からは、日本の男女格差が大きいことや差別撤廃が進まないことなどから、厳しい批判にさらされている。法改正を怠る暇はないのだ。
長期化した安倍政権にも綻びが出始めた。安倍首相と異なる見解の表明はタブーであったはずだが、強硬に反対していた日本会議系の議員が賛成を表明し、閣僚からも公然と賛成を主張する声が上がってきた。そのような中、NPOやNGO、職能団体が国会議員へのロビーイングを精力的に行っている。
選択的夫婦別姓の実現は男女平等や少数者の人権が尊重される社会かどうかの試金石でもあり、多様な意見や生き方が尊重される社会かどうかの試金石と言える。
女性差別撤廃条約批准から35年、北京会議から25年の節目の今年、市民の力で何としても民法改正を実現させたい。