世利 桃枝
ニューメディア人権機構
東京新聞の望月衣塑子記者の著書『新聞記者』に着想を得た社会派のフィクション映画。新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)と内調(内閣情報調査室)官僚・杉原(松坂桃李)が、国家の闇を追う。正義や真実を求めるたびに、権力や組織、忖度や脅迫といった大きな壁が立ちはだかり、葛藤する姿が描かれている。真実を追求していくサスペンス映画としても楽しめた。
映画には、レイプ事件のもみ消し、大学新設計画、自殺した官僚、スキャンダルのでっち上げなど、現政権で実際に起こった事件を連想させるエピソードが描かれている。薄暗い部屋にパソコンがずらりと並ぶ内調の仕事は衝撃的。フィクションだからどこまで正確か判断するのは困難だが、政府に有利な情報を流し続けるという仕事を前にした杉原の戸惑いは理解できる。上司がやんわり脅しをかけてくるのも「大きな組織にはこういう力が働いているのだろう」と想像できる。この上司・多田を演じた田中哲司は、蛇のような目をした冷酷な役がハマっていた。多田は初めから冷酷だったのか、それとも初めは杉原のように戸惑いがあったのか、フェイクニュースを流すことに良心の呵責はないのか、何も考えていないのか、とても興味深い。
映画のラストシーンが忘れられない。庁舎を出てふらふらと歩道を歩く杉原は絶望的な目をしていた。いまにも倒れそうな足取りで、道路に飛び出して自殺しようとしているかに思えた。息をのみながらスクリーンを食い入るように見つめた。向こうから吉岡が走ってくるのに気付いた杉原が何かつぶやいたが、声は聞こえない。「ごめん」と言ったように見えたが、わからないままエンドロールになり、何とも言えない重い気分で映画館を後にした。観客のこれからの姿勢や行動が問われていると思った。
映画『新聞記者』の公式ページは、公開前後から断続的にアクセスしづらい状況が発生した。さらには、テレビはこの映画をほとんど紹介しなかった。しかし、2019年6月28日の公開から約1か月間の累計で観客動員数33万人、興行収入4億円を記録した。私の友人の多くも映画館に足を運び、後日、感想を熱く語る時間を共有した。なかでも身を乗り出して語り合ったのは、映画の本筋とはズレるが、映画の中の女性の描かれ方についてだ。勤務時間が長く仕事が深夜におよぶ官僚の妻たちが、画一的に「夫を支える妻」「専業主婦」として描かれていることに違和感があったという感想は共通していた。現実に多くの官僚は夜中も土日も働くことを求められていることを、象徴的に描いているのだろうか。企業に「働き方改革」を求めるならば、真っ先に霞が関から取り組まなけれならないのではないか。
2019年11月には、映画『新聞記者』と同じ河村光庸プロデューサーが監督に森達也を迎えたドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』が公開される予定だ。東京新聞社会部記者・望月衣塑子の姿を通して、あるべきメディアとジャーナリズムの姿に迫っていくドキュメンタリー映画という告知を読み、これも観たいと期待が膨らむ。
『新聞記者』
監督:藤井道人
企画・製作:河村光庸
原案:望月衣塑子「新聞記者」(角川新書刊)
製作:2019 『新聞記者』フィルムパートナーズ
公式ページ:https://shimbunkisha.jp/