報告 第28回ヒューマンライツセミナー

2019年9月12日、第28回ヒューマンライツセミナー「アイヌ・琉球の言語を知る-国際先住民族の言語年に」を開催した。登壇者のアレクセイ・ツィカレフさん(元国連先住民族の権利に関する専門家機構委員)、新垣友子さん(沖縄国際キリスト教学院大学教授)そして関根摩耶さん(アイヌ語ユーチューバー、大学生)による報告に多数の参加者から質問が出され有意義なセミナーとなった。本稿では、印象に残った登壇者の発言の一部と、先住民族言語の基礎的な資料を紹介する。

世界の先住民族の言語の状況は?
ツィカレフ:私の国カレリア共和国はロシア北西部に位置する。先住民族であるカレリア語の話者は現在3万人ほどいるが、世界の他の先住民族と同様に世代間での言語の継承ができていない。世界には90ヵ国に3億7000万人の先住民族がいる。世界人口の5%を占める先住民族の言語の数は、世界の言語数の80%を占めており、その半数が消滅の危機にある。先住民族の言語は伝統的知恵の宝庫であり、自然との共生を含む人間の営みに関わる知的財産といえる。研究者の調査より、生物多様性の絶滅が危惧される地域では言語多様性も脅かされていることが分かっている。言語と文化は切り離せない。先住民族の言語の保持と発展のためには、まず国と先住民族の間の信頼回復が必要である。そのために、国は先住民族の存在とその言語を認め、他集団と同様の権利を有していることを認めなくてはならない。次に真実の確認を経た和解が必要となる。それらに立ったうえで、先住民族の言語の保持と発展のために国家が具体的に行えることがいくつもある。

アイヌや琉球の言葉に文字はなかったの?
関根:文字はない。祖父は未だに文字にされることを嫌がる。それは、文字が介在することで書き手や読み手の異なる意味や解釈が入ってしまい、口伝では可能なその場の雰囲気や音以外の意思疎通ができないからかもしれない。文字をもたないことで、口伝が唯一の約束を交わす手段となり、相手を信頼するようになる。アイヌ民族はそれを大事にしてきた。
新垣:琉球諸語にも基本的には文字はない。詩のようなものには残っているが情報伝達としての文字ではなかった。文字がないため、現在、琉球諸語のテキストを作るときにどの文字を使うのかについて議論がある。

どうやって言語を守る?
新垣:私は大学で琉球言語を教えている。学生たちはすぐに話せるようにはならないが、『その言葉、聞いたことがある』、あるいは地元でお年寄りに習った言語で話して、『私も使える!』という発見と期待で活き活きする。私は家ではできるだけ「うちなーぐち」を使うようにしている。娘は祖父母の家に行くと、自然にスイッチが入って琉球語を使っている。
ツィカレフ:かつてカレリア語で話すことを抑制されてきたため、人びとは言葉を学んでも役に立たないと考えている。カレリア語は使ってよい言語、役に立つ言語だということを人びとの間に浸透させていくことが大事だ。その一つとして、地域で進めてきた「言葉の巣」(カレリア語しか使えない幼児向けのクラス)は徐々に効果を発揮し、コミュニティを活性させてきた。

アイヌ語、琉球語しか話せない状況では困るのではないか?
新垣:一つの言語だけを使うために琉球言語を教えるのではない、日本語とのバイリンガルである。さらに琉球諸語はさまざまな言語から成りたつので、二つの言語だけではなくマルチリンガルになる可能性がある。多言語社会の方向を目指したい。言葉は生きている。新しいツールなどを使いながら現代社会で使える琉球の新語を発展させていくことが大事だと考える。
関根:アイヌ語だけではなく、アイヌ語も日本語も、さらには自分の好きな他の言語も話す人がでてきてよいのではないか。言語は価値を内包している。その言語を認めることは、言語の背景にある文化や価値を認めることになる。多様な社会を目指したい。

アイヌでも琉球でもない私たちにできることは?
関根:自分の血と価値観のなかにアイヌがあると分かっていても、どうしてよいか分からない人が多い。アイヌとアイヌ以外の文化の人たちが知り合ったり融合するような機会がほしい。首都圏にもアイヌ民族は多数いる。もしかしたらあなたの職場にいるかもしれない。その人が会社のなかで「私はアイヌ」と言えるような環境ができればと願う。自分を表現したり、誇りに思えるような機会がほしい。
新垣:多様性を楽しむという気持ちだけでもよいと思う。ただ、琉球は独自の言語をもつ先住民族であり、皆さんのすぐ近くにいるということ、その言語が危機に瀕していることを忘れないでいてほしい。

言語はその言語を話す人びとのアイデンティティの根幹であるばかりでなく、コミュニティの文化や継承に欠かせないものだ。また、近年では先住民族言語は、環境に関する専門的知見などを含む伝統的知識の保全、活用の意味でもその価値が再認識されている。一つの先住民族言語が失われることは、文化的多様性の喪失とともに、持続的な開発のために活用し得た極めて重要な知識の消滅を意味する可能性がある。
しかし、先住民族言語は驚くべき速さで失われつつある。諸説あるが、世界で現在話されている言語はおよそ6700〜7000あり、その40%が消滅の危機に瀕していると言われている。なかでも先住民族言語は深刻な状況で、少なくとも2680の先住民族言語が危機に瀕しており、中には話者が20人に満たないとして消滅途上の言語もある。ユネスコが2009年に発表した「消滅の危機にある言語の世界地図」によれば、日本にある8言語が消滅の危機にある。具体的にはアイヌ語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語である。中でもアイヌ語が最も深刻で、話者はわずか15名(当時)とされ「消滅」の一つ前の分類である「非常に危機的状況」とされた。残りの言語の内、八丈語を除く6つの言語は沖縄県周辺に集中している。