日韓の識字学習者が願いを発信 ~「日韓識字学習者共同宣言」発表の日韓識字シンポ~

森 実
大阪教育大学教授

2019年9月27日、ソウルの世宗文化会館世宗ホールにおいて、約500人が参加して「日韓識字教育強化のための国際シンポジウム」(以下、「日韓識字シンポ」と略)が開かれた。日本からは、識字学習者6人をはじめ、25人が参加した。この文章では、前後の動きを含んで、当日のようすを報告する。

日韓識字交流の発端
日韓の識字交流は、1990年の「国際識字年」から始まった。1990年にASPBAE(アジア南太平洋成人教育協議会)が、インドネシアのジョグジャカルタで「識字と平和教育」と題するワークショップを開催した。そこに、日本や韓国からも市民活動家や研究者が参加していた。その場で韓国の黄宗建(ファン・ジョンゴン)さんが、「日韓で識字の交流をしよう」と提案して、両国の交流が始まった。最初の交流は、1991年1月にソウル大学で、その後は年に1度、大阪、大邱(テグ)、川崎で開かれた。
21世紀に入って、交流の幅は広がった。夜間中学生を中心とする交流が行われたほか、韓国からの留学生が橋渡し役となって進めてきた交流もある。

日韓識字学習者共同宣言
今回の日韓識字シンポに直接つながる交流は、2017年から始まった。トヨタ財団の助成を受けて、韓国側の全国文解・基礎教育協議会と日本側の基礎教育保障学会に交流プロジェクトが立ち上がった。
2019年3月27-29日には、福岡で「日韓識字学習者による共同宣言づくりのためのワークショップ」が行われた。日本から8人、韓国から9人の学習者が参加して、3日間にわたって話し合い、その成果をまとめて「日韓識字学習者共同宣言」が生まれた。
たった3日間の交流で宣言などできるのか。不安もあったが、始まってみると、おどろくほど日韓の学習者はつながった。交流の最初は、読み書きを学べなかった原因や、読み書きができないためにどんな経験をしてきたかというテーマである。幼い頃の体験を話すだけで、両者の思いは重なった。家庭が経済的に厳しく、とくに女の子は弟や妹の面倒をみるために学校に行けなくなった。他の子どもたちが学校に行くのを見ながら過ごしてきた。仕事には自信があるのに、身体を使う仕事ばかりになった。人として働き、子育てし、世の中に出て行っているのに、肩身の狭い思いを強いられた。一人がそんなことを話すたびに、他の人たちが「そうそう!」と相づちを打ち、相づちを打った人が自分の話をしてまた他の人たちが「そうそう!」と返す。
最後のパートは、「教室に通うようになってどんな変化があったか」というテーマである。ここでもさまざまな体験が出され、最後になって、韓国の参加者が「いろいろあったけど、子どもの頃に学べなかったからこそ、いまの幸せがあると思う」と発言した。「そうそう!」と日本側の参加者も返した。
やりとりをもとに、「日韓識字学習者共同宣言」が生まれた。宣言の全文は、雑誌『部落解放』(2019年11月号)に掲載される。また、宣言の韓国語版や英語版もあわせて日韓基礎教育共同プロジェクト(http://asia-net.jasbel.org/)や識字・日本語センター(https://call-jsl.jp/)のウェブサイトにアップロードされる予定である。

宣言発表の場としての「日韓識字シンポ」
2年間にわたる交流の最終イベントが、2019年9月27日の日韓識字シンポである。2019年の春以後、政府レベルでの日韓関係はこじれていった。そのため、このシンポについても心配する声があったが、当日は問題なく開催された。
この点について述べれば、韓国で5日間過ごしたが、「反日」のムードはまったく感じなかった。シンポそのものだけでなく、日常の買い物や食事でも同様である。宿泊した横のホテルには数カ国の国旗が立てられていたが、その中に日の丸もあった。
シンポの翌日、9月28日の大集会でも同様である。9月28日の大集会とは、参加者数が80万人とも、150万人とも、200万人とも言われる集会である。2016-17年に朴大統領(当時)の罷免を求めたろうそく集会以来の規模になる。日本では、この間、「チョ・グク法務大臣が不正を行い、検察の捜査を受けている」という報道がしきりである。この大集会は、逆に検察の動きを批判し、ムン・ジェイン政権を支持して「チョ・グクの検察改革は民意だ」というスローガンのもとに人々が結集した。反日のスローガンはない。念のため言うと、同日には、反ムン・ジェイン派の集会も開かれた。こちらの参加者数は多くて1万人程度という報道である。こちらの集会は、間近に見ることができた。軍楽が大音量で流され、大きな旗がうちふられる。ここでも、反日のスローガンはない。むしろ、トランプ大統領、朴槿恵元大統領、安倍晋三首相の大きな写真を並べ、「同盟を強めよう」というメッセージを発する横断幕があった。いずれの立場からも「反日」はうかがえなかったのである。
こういう状況が日本でどう報道されているか関心があったので、帰国後すぐに、いろいろな日本の商業新聞で関連記事を探したが、この大集会の報道は、日経電子版を除いて、見ることができなかった。

参加者の9割は学習者
 9月27日の日韓識字シンポにもどろう。参加者は、9割が学習者である。「式前行事」も学習者による発表から始まった。四つの地域の代表たちが舞台に上がって歌ったり、劇をしたりする。たとえばプルンオモニ学校の演劇では、学習者がいろいろな学習者の役を演じて、ふだんの識字学級のようすを面白おかしく演じた。参加者は大笑い。そして最後は、学習者役の人たちが一人ひとり生い立ちを綴った文章を読み上げる。参加者は静かになり、一人が読み終わるたびに拍手がわきおこった。
シンポは、日本側上杉孝實代表と、韓国側キム・インスク代表(代読)の開会メッセージから始まった。その後、来賓のあいさつへと続く。来賓あいさつの一人、国会議員ソ・ヨンギョさんは、地域の識字教室(夜学)で長く活動してきた人である。彼女の一言ひとことに、会場の参加者から波打つように返答がある。最後に「みなさんのなかから、もっと国会議員を!」と言ったときにはひときわ大きな拍手が起こった。
その後、韓国側からイ・ジヘさん(翰林(ハムリム)大学)が韓国の識字について報告し、日本側から森が日本の識字の課題を報告した。次いで、6人のパネリストによるディスカッションが始まった。ここでは、ムン・ゾンソクさん(全国文解・基礎教育協議会)のプレゼンテーションへの反応が大きかった。「韓国では識字が社会教育だけの課題になっている。しかし、識字は基礎教育の課題であり、義務教育の課題である。これは学校教育の課題としてきちんと位置づけていくべきだ。いまの体制では、『教える』側も条件がない中で関わらざるをえない。この点、日本の方が進んでいる。」発言の一つひとつに、拍手と歓声が上がった。

共同宣言の発表とその後
最後に共同宣言が発表された。日本と韓国の学習者が宣言文を読み上げ、最後には、参加者が要求項目をシュプレヒコールした。
このシンポジウムをもって、2年間の交流はいったん終わる。残っているのは、ブックレットの発行である。日本の識字紹介ブックレットと韓国の識字紹介ブックレットの両方を、日本語と韓国語で発刊する予定である。ブックレットでは識字を通して日韓の関係が見えてくる。共同宣言とともに、この2年間の交流の成果になるはずである。

注:韓国ではliteracy(識字)を文解という

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