「関西生コン事件」と労働基本権の危機

竹信 三恵子
ジャーナリスト

放置すれば労働権ばかりか社会運動そのものが成り立たなくなるような事態が、私たちの足元で進行している。近畿圏で生コンクリートを輸送する運転手らの労組員が、ストライキ、ビラまき、果ては正社員化や子どもを保育園に入れるための就労証明書を求めたことまでが「強要未遂」「恐喝」「威力業務妨害」などにあたるなどとして、2018年から2019年の現在にかけ大量逮捕・起訴され続けているからだ。一部は1年以上の勾留が続いており、運転手が加入する労組「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」は2019年7月上旬、憲法28条で保障された労働三権を侵害する「恣意的な拘禁」として、国連人権理事会恣意的拘禁作業部会に提訴している。

「正社員化」求めたら強要未遂?
生コン業界は1970年代、過当競争の中で販売価格の低下や生コンの品質劣化が起き、運転手ら働き手の報酬の引き下げによる生活難、建築物への悪影響などが問題になった。そこで、通産省(現経産省)の主導の下、各社が協同組合を結成し、価格維持を図ってきた。同労組は、このうち関西地区の協同組合に加入する企業で働く生コン運搬運転手たちを組織し、販売価格引き上げ、協同組合の民主化のほか、先に述べた「コンプライアンス活動」として、労働基準法などの順守をめぐる立ち入り調査と違法状態の改善などを求めてきた。
2017年12月、同労組は、こうした価格維持政策の中で膨らんだ利益を運賃にも還元するよう求め、会社を超えた地域ぐるみのストライキを行った。ところが、半年以上たった2018年になって、このストに絡めるなどして、滋賀県警、大阪府警、京都府警が、競うように、「恐喝」「恐喝未遂」「威力業務妨害」などの容疑で組合員たちを、断続的に大量逮捕し始めた。その中には、正社員化要求と、子どもを保育園に入れるための就労証明書の要求といった身近な要求までが「強要未遂」とされた事件もある。
問題にされたのは、「2017年10月から12月までの間に会社の事務所に、同労組員らが何回か「押し掛け」、「請負」として働いていた生コントラックの運転手を「正社員として同社に雇用させ、男性を雇用しているという就労証明書を作成・提出させようなどと考え」、組合員らを「たむろさせ同社従業員の動静を監視させ」(裁判所が出した勾留状から)たとする事件だ。
こうした事件から1年半もたった今年6月、これを「強要未遂」として、労組員5人が逮捕された。請負は自営業で、会社は団交に応じる義務はないのに「強要」した、という理屈だった。
だが、最高裁での2011年の判断や、これを受けた厚労省の報告書でも、個人事業主や業務委託などでも、勤務の実態が事業組織に組み入れられているなどの労働者と認められる基準を満たしている場合は、労組を作る権利、団体交渉する権利、ストをする権利の労働三権を行使できるとしている。
運転手は、会社の専属で働き、タイムカードで時間管理もされており、賞与や残業代も払われ、作業服も同社のものを着用し、「個人請負」の形を取っていても、運転手らが団体交渉を求めたことは、お門違いとは言えない。こうした労働ルールの基本を無視した、粗雑とも見える逮捕だった。

大幅に下がった「犯罪」のハードル
異様な逮捕・起訴は、これだけではない。ストの現場にいなかった労組員らがストを「計画した」として「威力業務妨害」として逮捕された。また、コンプライアンス活動によって建設会社に違反状態の是正を申し入れたことが「恐喝未遂」として逮捕された。建設会社の外で、事実を書いたビラをまいただけで「威力業務妨害」とされた例もあった。
逮捕者は現在延べ約80人となり、起訴も2019年9月現在で延べ60人以上となり、体調不良を抱えつつ1年以上勾留され続けている組合員もいる。被告代理人の永嶋靖久弁護士は、一連の事件について、「三井・三池闘争や、国労事件にも匹敵する、戦後最大の労働事件ではないか」と言う。逮捕者の規模だけでなく、「犯罪」のハードルが大幅に下げられ、放置すれば、労組ばかりか社会運動を恣意的につぶせる前代未聞の仕組みが日本社会に定着させられかねない事件だからだ。
一連の事件で頻出する「強要罪」は刑法223条で、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する」などとされている。また、「恐喝罪」は刑法249条で「人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する(財物恐喝罪)」などとされている。
これらの適用については、従来、社会的通念や客観的な事実から相当と思われるものという歯止めがあった。ところが、今回は、「脅されて怖かった」と言えば成り立つレベルまでハードルを下げて、適用されたという。加えて、逮捕して勾留期限が切れると、別の容疑で再逮捕することで長期に勾留する手法が多用され、一人につき6~7回逮捕されるという異例の事態が生まれた。
特に注目されるのは、まず、「協同組合から生コンを購入してほしい」と建設会社に働きかけた協組の経営者らを「恐喝未遂」として逮捕し、「労組に脅された」という被害届を出した経営者は不起訴にして労組員逮捕の端緒とする手法を取ったことだ。2018年6月から日本でも導入された「司法取引制度」の活用だ。
こうして出来上がったのは、自発的なものとは言えない「被害届」によって、「被害者」が「脅されて怖かった」とさえ言えば成り立つほど「犯罪」のハードルを下げて逮捕し、これを繰り返して長期に労組の活動の自由を奪う「労組つぶし」の手法だ。
また、「ストを計画」しただけで威力業務妨害(大阪府警)とされた事件については、「話しあっただけで罪になる」と言われた「共謀罪」(2017年7月施行)のリハーサルとの見方も出ている。

メディアの監視力の弱さで悪化
これらが放置されれば、影響は、他の社会運動はもちろん、メディアの取材活動にも及びかねない。日本郵政がNHKの「かんぽ報道」での取材について「圧力」と抗議したと報じられているが、経営陣が「怖かった」と被害届を出せば報道関係者を逮捕・起訴できることにもつながりかねない手法だからだ。
にもかかわらず論議は極めて低調だ。理由のひとつはSNSやマスメディアにある。
「関西生コン事件」でネットを検索すると、人権問題にかかわってきた野党議員や反差別の社会運動団体などと関係づける形での労組攻撃が上位に並ぶ。「なんだか怖いこと」という印象だけが残り、それが人々を遠ざける。外国籍住民に対するヘイトスピーチに似た手法だ。
これによってマスメディアでも、「なんだか怖いこと」の印象が広がり、報道は少ない。中には、労組員が逮捕された際、その横で待ち構え、フラッシュをたいたメディアもあったという。労働権についての教育がほとんどされていない中、マスメディアが解説機能を果たせていない。 そうした監視力の弱さによって、粗雑な逮捕や起訴に歯止めがかからず、ここまで拡大した、といっても過言ではない。
そんな中でもいま、「関西生コンを支援する会」が東京や東海地区で結成され、ようやく支援の輪が広がり始めている。多様な場での論議と労組の支援を深め、こうした事態に早急に歯止めをかけていく必要がある。

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