知る権利を奪う ドローンの飛行規制

阿部 岳
沖縄タイムス記者

ドローンを飛ばす『沖縄タイムス』のカメラマンを、13人の男たちが取り囲む。自衛官7人、警察官6人。カメラマンは視線を感じ、手に汗を握りながら、上空から基地にカメラを向けた。

8月27日、同僚の金城健太カメラマンと私は陸上自衛隊朝霞駐屯地(埼玉県、東京都)の門をくぐった。いわゆる改正ドローン規制法*(6月13日施行)によって、防衛相が指定した基地の上空は原則飛行禁止となった。例外は、司令官が飛行に同意した場合だけ。新しい法律の運用実態を確かめるため、飛行禁止区域に指定された朝霞駐屯地で、手続きを踏んで飛んでみることにしたのだ。翌8月28日は航空自衛隊府中基地(東京都)の上空も飛行した。手続きは壁また壁。困難の連続だった。自衛隊側は同意するかどうかの権限を握っている。その権限も背景に、「弾薬庫とミサイル部隊は防衛上、撮影禁止」「部隊活用やプライバシーが明らかになってしまう。映像を隊員が確認し、必要に応じて削除をお願いする」などの条件を打診してきた。
実は、これらの条件は全て立法の趣旨に反する。改正法はテロ対策をうたって制定されたからだ。政府は東京五輪・パラリンピックやラグビーW杯会場の安全対策を前面に打ち出した。基地もひっそりと対象に加えられたが、軍事機密やプライバシーは飛行を禁じる理由にできない。手続きを担当した私は自衛隊側に、テロ対策だけを基準に判断するよう要望した。特に自衛官による写真の消去などは軍事組織による検閲であり、到底受け入れられない。何度もやりとりした結果、朝霞駐屯地は条件付きながら基地全域の飛行に同意した。一方、府中基地はこちらの要望に反して、安全上の理由を挙げて基地の一角だけ取材を認めた。基地によって対応に違いがあった。

基地をアンタッチャブルに
自衛隊側が当初、軍事機密を理由に飛行を制限しようとしたことは、この法律の危険性をよく表している。名目はテロ対策。しかし、運用の拡大で、基地を「アンタッチャブル」な存在にしようとしている。拡大解釈はすでに始まっている。2017年、やはり同僚の金城記者らが沖縄県宮古島の航空自衛隊宮古島分屯基地の敷地外から撮影していると、中から自衛官が出てきた。写真を見せてほしいと求め、何と警察にまで通報した。この時点では飛行を禁じる法的根拠はなかった。
一方、改正ドローン規制法では、自衛官が基地の外で警察官の代わりに機体の退去を命じたり、破壊したりすることが可能になった。宮古島の自衛官の行動は、規制を先取りしていた。さらには、戦前・戦中に市民を取り締まった憲兵への回帰とも言える。敗戦まで、要塞地帯法という法律があった。要塞とその周辺で「水陸の形状または施設物の状況につき撮影、模写(中略)をなすことを得ず」と罰則付きで禁じる内容で、改正ドローン規制法とよく似ている。改正法のもと、今、飛行禁止区域に指定されているのは防衛省本省と陸海空自衛隊の27施設。横須賀、舞鶴、呉など、かつての要塞が今も海上自衛隊基地として残り、指定されている。戦中も今も、接近を拒むことで基地には触らない方が得策だという空気が一般に広がる。基地に目を向ける行為をスパイ活動、利敵行為と名付ければ、軍事活動は国民の干渉から逃れることができる。
だが、機密は放置すれば際限なく増殖し、機密が増殖すれば市民の命を脅かす。戦時中、米軍潜水艦に撃沈された「対馬丸」がそうだった。沖縄から九州へ疎開する学童ら1484人(氏名判明分のみ)が犠牲になった。実は、その前から沖縄航路では船の沈没が相次いでいた。しかしその事実は機密とされ、何も知らない一般住民は、沈む運命の対馬丸に乗り込まざるを得なかった。

米軍主導 異形の法律
改正ドローン規制法では、防衛相が米軍基地も飛行禁止区域に指定できることになっている。岩屋毅防衛相(当時)は「(調整に)時間がかかっているが準備が整い次第、指定を順次行いたい」と言う。(6月14日記者会見)。本丸はむしろ米軍基地の方だ。2017年11月、当時のハリス太平洋軍司令官が小野寺五典防衛相に直接、米軍基地上空のドローン対策を要請した。辺野古新基地建設が進むキャンプ・シュワブが念頭にあった。報道各社は工事の進捗を撮影するため頻繁にドローンを飛ばしていた。当時はそれを禁じる法的根拠がなく、政府は「お願い」のポスターを作ってシュワブのフェンスやウェブサイトに掲示するしかなかった。米軍司令官の要望から始まったこの異形の法改正は、米軍の訓練水域・空域を飛行禁止の対象にする。自衛隊の水域・空域は対象外だ。なぜか。辺野古の工事現場が、米軍の広大な訓練水域に守られていることと無関係ではないだろう。訓練水域を飛行禁止区域に指定し、飛行同意を拒否すれば、その外側でしかドローンを飛ばせなくなり、現場の様子は全く見えなくなる。
自衛隊は私たちの飛行に同意した。米軍はどうするつもりか。政府は「施設の安全確保と報道機関や国民の権利のバランスを図るよう要請し、米側は理解を示している」と主張してきた。直接尋ねると、様子はだいぶ違った。「人員と施設に危険がなく、作戦への悪影響もないドローン飛行申請は承認される可能性がある」。条件を列挙し、同意に後ろ向きな姿勢がにじむ。報道の自由への配慮を聞いたが、言及はなかった。在沖米4軍のうち最大の面積を占有する海兵隊が質問に答えたのは3週間以上たってから。途中、広報担当者に回答がない理由を尋ねると「あなたに示す必要はない」と3回言われ、一方的に電話を切られた。同意の見通しは極めて暗い。

見ざる聞かざる言わざる
技術革新で登場したドローンはヘリに比べて格段にコストが安い。日ごろ知る権利をメディアに代行させている市民が、自ら飛ばして権利を行使することもできる。辺野古新基地の建設現場では市民団体「沖縄ドローンプロジェクト」が丹念に工事を監視している。埋め立て工事のために設置された汚濁防止膜の設置不備が原因で濁った水が埋め立て区域外に流出している様子を撮影したこともある。プロジェクトの分析担当責任者で土木技術者の奥間政則氏は「環境破壊をいくら口頭で追及しても、国は逃げる。写真が決定的な証拠になる」と語る。こうした監視活動を嫌う政府は、2013年に成立させた特定秘密保護法で公務員の情報漏洩を罰することにして、人を通じた情報収集を著しく困難にした。メディア、ひいては市民の耳をふさいだことになる。2017年成立の改正組織犯罪処罰法では共謀罪を設け、話し合うことを制限した。そして今回の改正ドローン規制法は、監視の目をふさいだに等しい。聞かせず、言わせず、見させない。知る権利と表現の自由ががんじがらめにされ、市民による国家の監視が弱められていく。民主主義が危機に瀕している。

*正式名「重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律」