多様なアイルランドのマイノリティ

小松泰介
IMADR事務局次長 ジュネーブ事務所

アイルランドCERD審査
国連人種差別撤廃委員会(以下、CERD)は2019年最後の会期である第100会期に8年ぶりのアイルランド審査を予定している。この審査に向けた準備のため、筆者は市民社会と国内人権機関の招待を受けアイルランドに出張し、NGO報告書の作成、ジュネーブでのアドボカシー、そして勧告のフォローアップといったCERD審査における市民社会の関わり方についてのワークショップを行った。首都のダブリンでは、マイノリティや移民の人権保障のために活動する国内NGOのコーディネーター役を担う団体である欧州反人種主義ネットワーク・アイルランド(ENAR Ireland)主催で、様ざまなNGOを招いて共同報告書のたたき台を作成するワークショップを行った。また、英国領北アイルランドとの国境沿いに位置する北西部のドネゴールでは、多様な文化を包括するコミュニティ作りのために活動するBuilding Intercultural Communities (BIC)というNGO主催で、マイノリティや移民のリーダーたちを招いてワークショップを開催した。二つのワークショップを通して見えてきたアイルランドの姿、そしてマイノリティや移民の人びとが直面する人種差別について報告したい。

アイルランドの多様性
政府報告によれば、2016年の国勢調査の時点で外国籍住民の数はアイルランド人口の約11%である53万人に上っており、およそ200ヵ国からアイルランドに人びとが移住している。また、同じ国勢調査で回答者のおよそ90%が自身は白人であると答えた一方、0.7%はトラベラーズ、1.2%はアフリカ系アイルランド人もしくはアフリカ出身、1.7%はアジア系アイルランド人もしくはアジア出身、0.4%は中華系アイルランド人もしくは中国出身であると回答している。トラベラーズ(またはトラベラー)とは独自の文化や言語を持って歴史的に移動生活を営んできたアイルランドをルーツとするマイノリティ集団であり、長年にわたってアイルランドおよび英国で差別を受けてきた人びとである。トラベラーズは、2017年3月にようやくアイルランド政府によって民族マイノリティであると認められた。一方、欧州からの移住者の中には同様に移動生活の歴史を持つロマの人びとも含まれており、その数は5000人に上るとされている。このように、今のアイルランドはもともとの民族マイノリティに加えて様ざまな国の移住者によって構成される多様な社会となっている。

マイノリティと人種差別
ワークショップでは参加者の間でそれぞれのコミュニティにおける差別の経験を共有し、アイルランドにおける人種差別の実態を明らかにしていった。参加者は、家主から入居を断られたり低水準の公営住宅を当てがわれたりしたことや、医療や公共サービスで不当な扱いを受けた経験を口々に話した。また、平均より低い就労率や就学率も指摘され、トラベラーズやアフリカ系の参加者は就職活動中に苗字によって書類選考でふるい落とされ続けたと話していた。さらに、肌の色等の外見的な特徴のみによって潜在的犯罪者として職務質問を受けること(人種プロファイリング)や、ヘイトクライムの被害を通報しても軽度の「反社会的行為」として処理され、といった警察による人種差別の経験が共有された。そしてマイノリティの人びとによる意思決定プロセスへの参加やサービスの提供が十分に確保できていないことが、人種差別が根絶されない要因の一つであるとダブリンでもドネゴールでも確認された。

人種主義を扇動するポピュリズムが欧州各国で問題となっている中、アイルランドはジェンダー平等をはじめとする人権保障において前進を続けている。今度のCERD審査でアイルランドがどのように人種差別撤廃のための歩みを加速させるのか注目したい。