前田 朗
東京造形大学教授
全国水平社創立100周年を射程にいれて開催された部落解放論研究会の24本の論考が収録されている。「歴史的視点はもとより広い視野に立って、被差別部落と部落差別の変容、部落差別の存続要因、主要な部落解放理論、部落解放運動のあり方、部落解放への道筋と展望、などについての新たな検討が求められています」という視座からの意欲作である。
本書は次の4部構成である。第1部「歴史から探る部落問題」、第2部「部落と部落差別の現在」、第3部「部落解放の多様な課題」、第4部「部落解放と人権の展望」。
第1~3部の諸論考は、問題意識も対象もそれぞれ異なり、アプローチ方法もさまざまであるが、身分、部落、地域、研究、信仰に関連する各領域の歴史を探り、そのうえで近現代の部落差別をめぐる意識を点検する。歴史研究の方法論を展開するものもあれば、地域と部落差別の関係を冷静に考察するものもある。いずれの論考にも、歴史的パースペクティブから部落解放への道筋と展望を切り開く姿勢が共有されている。
特にインターネット上の差別が深刻化しているので、ネット対策として、行政によるモニタリングと削除要請、被害者救済、法整備の課題を論じ、企業の取り組みとして「差別投稿の禁止」、広告配信の停止、差別解消にIT技術を活用する必要性を指摘する。他方、ネットは差別をなくしていくための武器になるので、ネット版「部落問題・人権事典」、部落問題の総合サイト・ニュースサイトの作成など時代に即応した対策が提案されている。
さらに、隣保館、戸籍制度、部落差別と信仰の関連、部落民アイデンティティ、国際人権法と部落差別等それぞれのテーマに即して、多様性を確認しながら論述が進められる。「多様性ゆえの困難性」も語られる。制度的差別との闘い、心理的差別との闘い、宗教による差別との闘い、部落を隠さざるを得ない状況との闘い、国際人権法を活用した闘い、多様な取り組みの総合が不可欠であることを読者に伝える。
第4部では、部落差別解消推進法の意義と限界を明らかにし、その活用方法にも言及がなされている。部落解放同盟綱領の変遷をフォローした上で、水平社創立100年に向けて、民主主義の問い直しから解放の理論を再構築する基本姿勢が打ち出される。同様に、差別撤廃への仕組み作りという関心から、まちづくりとひとづくりの2本柱での取り組みの活性化、「両側から超える」解放運動の理論と実践がレポートされている。
水平社創立100年に及ぶ闘いの中で提示され、試行錯誤を積み重ね、激しく闘わされてきた様々な議論を検証し、その意義と限界を洗い直し、現代的課題に接合する。歴史に刻まれた苦闘の積み重ねを通じて着実に鍛えられた理論が全面展開されている。
揺るぎない視座と、多様な方法論の組み合わせによって、柔軟かつ強靱な思考の可能性を模索する闘いの書であり、解放運動をリードする理論と実践の書である。読者には、本書を徹底的に読み解いて使いこなし、次の一歩を踏み出す奮闘が求められている。
『部落解放論の最前線─多角的な視点からの展開』
朝治武・谷元昭信・寺木伸明・友永健三編著
解放出版社 本体2,800円+税 2018年12月