小森 恵
IMADR事務局長代行
IMADRはパートナー団体であるFEDO(ネパール・フェミニスト・ダリット協会)と協力して、FEDOパルサ支部によるダリット女性のエンパワメントのためのプロジェクトを支援している。プロジェクトを開始してからすでに8年が過ぎた。浄土宗平和協会が教団内外で集めてくださる募金により、このプロジェクトは支えられてきた。最初の4年間(2011年度から2014年度)はダリット女性の健康への権利を中心に、5年目にあたる2015年度からはダリット女性に対する暴力削減をテーマに、継続してエンパワメントをはかるプログラムを実施してきた。IMADRはパルサ支部をこれまで4回訪問し、支部事務所およびあちこちに点在するダリット女性グループを訪れ、直に声を聞いてきた。また、毎年度末に送られてくる詳細な活動報告と計画をもとに、パルサ支部の進展を見守ってきた。
そうしたなか、今年(2019年)2月初め、4年ぶり、5度目となるパルサ支部訪問を果たした。IMADRのメンバーおよび協力者の計6人からなるグループで、3泊4日のパルサ訪問の旅を行った。「女性たちは大きく飛躍した」、それが率直な感想である。そう感じさせる現地の状況について以下、報告をしたい。
まず、パルサの概況を説明する。
パルサ郡のあるタライ地域はネパールの南方に位置し、東西に細長く伸びる平原地帯である(地図参照)。タライは公的資源へのアクセスが乏しく、さまざまな発展指数において全国平均を下回っている。ネパール政府は幼児婚や持参金制度を禁止する政策を策定したが、実施はお粗末だ。また、家父長制に支配されている社会において、慣習を打ち破るような政策に市民は関心を示さない。ダリット女性は不可触制にも直面しており、それが女性たちの劣悪な扱いへとつながっている。こうした慣行は暴力も含みダリット女性にさまざまな被害をもたらす。特にタライ地域では幼児婚の率が高い。その一方で、経済や教育向上のための投資を行う政府機関あるいは非政府機関はわずかしかない。パルサ郡は工業地帯であるにもかかわらず、人口の半分以上が貧困線以下の生活にあり、子どもを取り巻く教育環境はよくない。原因の一つに高い失業率があると言われている。(FEDOレポートより)
ダリット女性のエンパワメント
プロジェクトの中心課題であるエンパワメントは自ら気づき、学び、力をつけ、それを自力で発揮するプロセスだ。パルサ支部を初めて訪問した2011年11月末、支部はまだ立ち上がって間がなかった。ビルガンジ市(パルサの郡都)の中心からリキシャで5分ほど走った住宅密集地に支部事務所があった。民家の2階を間借りした事務所で支部長ニラが出迎えてくれた。当時まだ小さな子どもを抱えていたニラは、今では3児の母となり、その間、大学院で教育学を学び修士号も取得した。支部を構成するダリット女性グループは当時5つしかなかったが、今では28グループに増えている。保健、医療、出産、衛生などの課題を含む健康への権利は、行政が動かないと実現しない。カースト制度と家父長制に支配された社会において、もっとも不利な立場に置かれたダリット女性たちが自治体相手に交渉するのは決して容易ではない。しかし女性たちはそれを行ってきた。
手強いのは当局だけではない。地域社会、隣近所、そして家族も手強い。筆者が2011年にA地区を訪れ、民家の軒先で女性グループと集まりをもったとき、近所の住民とおぼしき男性が車座になっている女性たちの輪の外で腕組みをして何かわめいていた。どうやら女性たちがそのように外で集まって話をしていることにケチをつけているようだった。女性が出歩くことが当たり前ではない村での生活から考えれば大きな一歩である。
こうしたことが実現したのは、女性たちがグループを作り、自分たちで運営をし、問題をわかちあい、解決を模索するというプロセスを経てきたからだ。さまざまなレベルで慣習と直面し、自分たちなりの対処を行ってきた。そうした積み重ねが女性たちに自信を植え付けたのではないだろうか。
社会への働きかけ
パルサ支部の成長を感じたのは、活発なグループ活動だけではない。外への働きかけとネットワークの広がりだ。地域のNGOや労働組合との連携を築き、メディアも理解者にしてきた。封建的な社会階層、不可触制、男性の従属物としての女性の地位などは、自分たちの社会の発展の阻害要因になっていると考えている人びとが、ステークホルダーとして彼女たちの活動を支えている。
ダリット女性たちのエンパワメントとネットワークがパルサでの動きを作っていることを肌で感じた。課題はまだ多くあるし、立ちはだかる壁は幾重にも厚い。彼女たちの動きにこれからもつながっていきたいと強く感じる訪問だった。
最後に滞在中に交流した人びとの声を一部紹介する。現地では同行の藤倉康子さんがネパール語↔日本語通訳をしてくださった。
◎2月5日午前 JMダリット女性グループ
・グループ結成の理由は周囲で不可触制が行われていたからです。グループを作って、そうした行為をする人たちと話し合いをしました。
・ダリット女性枠で地方議員になりました。でも、他の議員と同じ権利は与えられないし、ダリットの予算も名ばかりです。
・女が外に出ることを夫は許すようになりました。今では自分もグループに入りたいと言っています。
・衛生意識が身につき、家の周りを掃除するようになりました。他の人たちから見直されています。
◎2月5日午後 ビルガンジ市第8区区長
・市に32区あるが、第8区はダリット女性の問題に力を入れています。彼女たちは社会の底辺におかれ、一番困っています。区のダリット人口は350人ほど。8区では0歳から5歳までのダリット児童に毎月500ルピーを支給しています。支部長のニラの働きかけが大きいです。
◎2月6日午前 サンガン・ダリット女性グループ
・村は混住です。近所で不可触制が行われたら男性も一緒になって抗議しています。
・個人の問題でも、時にはグループで解決のために話しあいます。
・人前でしゃべれるようになりました。子どもの教育について、学校の先生と話ができるようになりました。
・お酒を飲んで大声をあげる夫。日当を飲みほしてしまう夫。アルコールはグループで問題になっています。
◎2月6日午後 共闘団体、ジャーナリストとの会合
・社会の最底辺に置かれている彼女たちの問題が解決しない限り、社会はよくなりません。ジャーナリストとしてダリット女性を追っています。
・いろいろなカーストがいっしょになってダリットを差別しています。男性優位のなかで女性として声をあげているFEDOの活動は、私たちすべてが支援しなくてはなりません。