入管法改定は何をもたらすのか 〜外国人労働者の権利保護の観点から〜

旗手 明
自由人権協会理事

この記事は12月8日に開催されたRINK総会での旗手明さんの記念講演の内容をもとに、編集でまとめたものです。

技能実習頼りの外国人労働力
2017年末の在留外国人数は256万人で、初めて日本の全人口の2%を超えた。他方、同年10月末の外国人労働者(特別永住者を除く)は128万人ほどで、前年に比べ19.5万人も増加している。
2012年12月に第二次安倍政権が発足し、翌年、東京オリンピック・パラリンピックが決まった。その後、堰を切ったように労働力不足が謳われ、2014年の「日本再興戦略(改訂2014)」において閣議決定され、新たな外国人労働者受入れ政策が展開された。
しかし、高度人材は1万人弱、建設・造船分野は3〜4千人を受け入れているが、家事労働者は3桁にとどまり、農業特区は始まったばかりだ。その結果、労働力不足策として機能してきたのは、26万人に及ぶ技能実習だけと言えよう。
今回の特定技能は、こうした状況を一気に突破しようというものだ。しかし、政府の「移民政策ではない」という建前に合わせてそれなりの技能や日本語水準を設ければ、政府が想定している35万人も入ってこない。実際、技能実習の中で初めて日本語要件を設けた「介護」では、施行1年経っても僅か247人しか入っていない。特定技能では、受入れ数を増やすために技能や日本語水準を引き下げながら、結局、技能実習への依存が高まるのではないだろうか。

技能実習からみた「特定技能」の問題点
技能実習制度が始まって四半世紀になり、海をまたいだ国際的な労働力移動の構造ができあがっている。特定技能も結局、この利権構造に乗ることにならざるを得ない。つまり、特定技能外国人の多くは、技能実習制度における募集・採用を担う送出し機関や監理団体が関与するルートを経て来日することになるであろう。民間業者に仲介機能を持たせる以上、これを避けることはできない。仲介業者からすれば技能実習、留学の他に特定技能という新たな選択肢が増えるだけである。従って、技能実習で起こっている問題が特定技能でも起こることを前提に、制度を検討しなくてはならない。以下、特に懸念される4点について指摘したい。

◆多額の債務負担
技能実習生は、来日前の段階で多額の債務を負う。手数料その他の名目で100万円位の借金をしていることが多い。また、技能実習ではその職種に経験があることが要件のひとつとなっており、それを証明する書面を作るため、お金を払って偽造してもらうこともある。ベトナムは袖の下が横行する社会だ。ことの善悪はともかく、そういう国を相手にしていることを頭において制度を作らなくてはいけない。政府は「悪質業者を排除する」と言っているが、そう簡単な話ではない。
◆意に反する強制帰国
政府は技能実習の抜本的見直しとして技能実習法を成立させた(2017年11月1日施行)。しかし、法案を検討する過程で、実習生の意思に反して帰国させる強制帰国については一言も触れていない。他の人権侵害については労働基準法に加えて技能実習法でも罰則を設けたが、強制帰国に関する罰則規定はない。政府の技能実習制度改善についての本気度は疑わしい。従って、特定技能でも強制帰国はあり得ると想定すべきだ。
◆転職の自由
労働契約性の有無がそもそも「使用従属」概念で判断されるように、労働契約には業務遂行過程における上意下達の仕組み、労使間の非対称性がある。技能実習では、それに加えて転職の自由がない。転職の自由がないと労働条件が悪くても他所に行けず、最悪の場合に辞めたとしても膨大な借金が残る。こうした構造が実習生を黙らせる非常に大きい作用を持っている。
特定技能では一応分野別に転職の自由はあるが、特定技能で来た人が転職しようとしても、転職先が自分の「分野」に適合しているかを一般的な情報から判断するのは難しい。移住連の省庁交渉で尋ねたら「一般の外国人労働者と同じ」、つまり特別な配慮はしませんとのことであった。建前として転職の自由があっても、分野別の求人情報を収集しアクセスしやすい形で提供するなどしないと、実態が伴わなくなってしまう。
◆低賃金、賃金不払い
技能実習生の賃金は、もともと上陸基準省令で「日本人と同等以上の報酬」と定められていたし、今も技能実習法に同様の規定がある。しかし「同等以上の報酬」という文言が抽象的で、どのように測るのか具体化されていないため、実態として最低賃金に張り付いている。また、時間外労働は300〜400円のレベルすら存在する。客観的な指標が必要であり、私は例えば「最低賃金の2~3割増」としたらどうかと提案したが、実現しなかった。特定技能の賃金も、具体的な数値を特定しなければ低賃金構造を壊せないであろう。

チェック体制は機能しているか?
技能実習は枠組みとしては非常に細かくきっちりした制度だが、実際には空洞化している。日産や三菱自動車、日立製作所などの大手製造会社も実習先になり、建前上は技能実習対象職種に従って入れているが、実際には違う作業をやらせていた。また、技能実習1号から2号への移行試験は、技能実習用に特別に易しくしており合格率は99.8%にも及ぶ。率直に言うと、別の職種で働かせていて一夜漬けでも通ることが可能で、形だけの試験だ。また、技能実習2号修了者は技能があり、日本に3年間もいるから日本語能力もあるという前提で、特定技能に無試験で行けることになっている。しかし、技能実習2号移行試験に通っているからといって、技能・日本語水準は保証の限りではない。

技能実習の管理は入管局だけでなく労働基準署も行なっており、少し前までチェック対象は年間2千件台だったが、近年は6千件近くまで増えている。だが実習実施者数は4万を超えており、間に合っていない。ILO基準では、労働基準監督官は労働者1万人に対して一人は必要とされている。日本の労働力人口は約6500万人であり、本来監督官は6500人は必要だが、現状では実働で2000人程度。特定技能が増えると、とてもチェックが追いつかない。

国の責任が不明確な「総合的対応策」
2018年6月の党首討論で安倍首相は移民政策について問われ、「国民の人口に比して一定程度のスケールの外国人とその家族を、期限を設けることなく受け入れることで国家を維持していこうとする政策」という定義を述べ、その後も繰り返している。支持基盤である保守層に対する配慮のためか、独自の定義をして移民政策ではないと言い続けている。その結果、「外国人材受入れ・共生のための総合的対応策検討会」でも突っ込んだ議論がなされていない。総合的対応策の検討状況を見ると、基本的に国の責任で行うことがない。自治体やNGOの取り組みが中心で、それを国がサポートするというスタンスだ。
ドイツは長らく移民国家ではないといってきたが、2004年に滞在法を作り移民国家であることを認めて政策を変えた。例えば、国の責任で600時間のドイツ語講習を行うなどしている。日本の議論はそこまで成熟していないが、社会統合政策は国が責任を持って実施すべきである。今後も私たちは実質的な移民政策と捉えて、積極的に提案・要求していく必要がある。