ブディ トハジョノ
フランシスカンズインターナショナル アジア・パシフィック プログラムコーディネーター
西パプアの先住民族(メラネシア系の民族集団)はインドネシアのパプア州と西パプア州に居住している。この地域は元々オランダの植民地だったが、1969年に国連の監視のもとに実施された「自由選択投票」と呼ばれる国民投票の後、インドネシアに併合された。しかしこの国民投票は、多くのパプアの先住民族から批判された。というのも、百万人にも及ぶパプアの先住民族の声を代弁する代表者はたったの1026人で、しかもインドネシア軍によって恣意的に選考されたと言われているからだ。軍による脅しや買収もあったとも言われている。
人権問題
1969年にインドネシアに併合されてから今日まで、市民的及び政治的権利だけでなく、経済、社会、文化権に対する人権侵害が継続的に続いている。主にインドネシアの治安部隊による拷問、超法規的殺害、表現の自由に対する抑圧、女性への暴力、人権擁護者に対する抑圧が、人権団体によって数多く記録されている。平和的な抗議活動も、多くの場合恣意的な逮捕や拷問という対応を受ける。多くの人権擁護者、特に先住民族の人権を守ろうと活動している人びとは、批判的な意見を言うと反逆罪に問われてしまう。国際社会との繋がりは制限され、ジャーナリスト(特に外国人のジャーナリスト)がパプア州と西パプア州で取材活動を行う時は特別の許可を要求される。2015年には二人のフランス人ジャーナリストが西パプア州で取材活動を行なっている際に独立運動を支援したとして逮捕され、3ヶ月間拘束された。
インドネシア政府も努力はしているものの、パプアの先住民族の経済、社会、文化的権利はまだ保障されてはいないのが現状だ。2017年10月から2018年2月までに、アスマット県に住む先住民族の村人の少なくとも73人が健康状態の悪化から亡くなった。死者の多くは5歳以下の子どもで、死因は栄養失調と麻疹の流行によるものだった。同様にペグナンガン・ビンタン県では25人の村民が麻疹、下痢、栄養失調のために亡くなった。この二県では数百人の村民が麻疹(はしか)に罹患したが医療機関にかかることが難しい状態が続いている。政府はこの状況について把握はしていたが、対策を講じなかった。これら多くの村民の死は回避することができるものだったにも関わらず、慢性的な食糧不足、適切な医療ケアが受けられないことなどが積み重なり、多くの犠牲を生んでしまった。
パプア州、西パプア州は天然資源の豊富な地域だ。インドネシア政府は、先住パプアの人びとからの十分な同意を受けないまま自由経済に基づく開発政策を推し進めている。象徴的なのはパプア州のプンチャック・ジャヤ県のグラスベルグ鉱山だ。これは世界最大の金鉱山であり、世界第二の規模の銅鉱山だが、所有しているのはアメリカにあるフリーポートマクモランという会社だ。先住パプアのコミュニティへの十分な説明も彼らの同意もないまま、1967年からインドネシア政府が主導して開発が進められた結果、鉱山開発は深刻な環境汚染を引き起こした。特に土壌と水の汚染が深刻だが、地域に住む先住民族のコミュニティは何の手当ても受けていない。
インドネシアにおける先住民族保護の法的枠組み
インドネシア憲法には先住民族の権利に言及している2つの条文があるが、これらの条文に一貫性がないため大きな問題を生んでいる。
18条b項(2)は、次のように規定している:国
家は「Masyarakat Hukum Adat」(伝統的なコミュニティ)の伝統的な慣習に基づく権利を認める。28条l項(3)は:「Masyarakat tradisional」(同じく伝統的なコミュニティ)の文化的アイデンティティと権利は時代の進歩、文明と調和しつつ尊重される、と規定している。憲法は先住民族を表す時に2つの言葉「Masyarakat Hukum Adat」と「Masyarakat Tradisional」を使用しており、これを元にインドネシア政府は国連先住民族の権利宣言で使用されている先住民族の定義は採用しないと言い続けているのだ。政府はこの姿勢を国連の場で繰り返し主張しているが、この主張は「インドネシア政府は先住民族についてはFPIC原則(自由で事前の情報に基づく合意)義務を負っていない」という解釈につながる。現在インドネシア政府は「Masyarakat Hukum Adatに関する法」を成立させようとしているが、先住民族の定義についての議論はまだ続いている。
2014年に行われた社会権規約委員会によるインドネシア審査では、先住民族問題が取り上げられた。そこでは政府に対して強い口調で現行法を一貫性のあるものにすること、「Masyarakat Hukum Adat」という言葉を明確に定義し、自己認識が先住民族かどうかを判断する上で最も大切であるという原則を採用するように勧告した。2017年の国連のUPR審査(普遍的定期的審査)では、先住民族に関して3つの勧告があり、その内の一つは先住民族の権利に関する特別報告者を招待するようにといった内容だったが、政府によって拒否された。
フランシスカンズ・インターナショナルによる
西パプアについての国連アドボカシー活動
フランシスカンズ・インターナショナルは人権と信仰に基づく団体であり、先住民族の権利は、我々の国連アドボカシー活動における最も重要なテーマである。フランシスカンズは、パプアがまだオランダの植民地だった20世紀初頭から先住パプアの人びとへの布教活動を始めたが、当初からフランシスカンズは、先住パプアの人びとの人権と尊厳を尊重することを重視してきた。
我々は先住パプアに対する人権侵害を訴えるために、国連の人権メカニズムを活用することを重視している。人権侵害の被害者自身が国際レベルで生の情報、経験を共有することが重要と考え、我々はパプアにおけるパートナー団体と協力して定期的に先住パプアの人びとを国連の場に呼んでいる。これは国際社会にパプアの状況を知らせるだけでなく、人権の擁護義務を果たすようインドネシア政府にプレッシャーを与えるためでもある。
国内、国際NGOと協力してフランシスカンズは国連の条約機構やUPRに対して情報提供を行ったり、人権理事会で声明を発表するなどの活動を行なっている。国連からの勧告はインドネシア政府に対して圧力をかけ、先住パプアの人びとの人権状況を改善するのに非常に効果的だと考えている。
翻訳:阿部藹