窪 誠
大阪産業大学教授、IMADR監事
20世紀の末、 70年以上続いた東西冷戦が終了した時、世界の人々は、これで平和な世界が訪れると、期待に胸を膨らませた。ところが、21世紀が幕を開けると、勝利に酔いしれた西側資本主義諸国は、新自由主義経済学にもとづく政策を強力に推し進めた。その政策とは、企業の自由を最大化し、人間の自由を最小化することであった。こうして、教育、医療、福祉といった社会の基礎的部分が次々と民営化され、企業の自由な活動にゆだねられた。さらに、人材派遣業も規制が緩和され、人間の労働が商品化されてしまった。とりわけ日本社会は、「人権」を毛嫌いし、「自己責任」で思考停止しているため、低賃金、長時間労働があたりまえのものとなり、過労死が増加し、女性や子どもが虐待され、貧困化が進んだ。実際、2018年年6月19日に厚生労働省が発表した、平成30年版「自殺対策白書」によると、15歳~39歳の各年代の死因の第1位は「自殺」。10~14歳においても、「自殺」は、癌・悪性腫瘍に続く2位となっている。「15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは先進国では日本のみ」と、厚生労働省も認めている。
こうした絶望的な状況の中で、犯罪によって生きる若者を描いた漫画が、『ギャングース』である。これは、『週刊モーニング』(講談社)において、2013年3月から2017年1月まで連載されたコミックで、原案は、若者の貧困や犯罪問題に取り組むルポライター鈴木大介によるノンフィクション『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル(太田出版、2011年)』である。画は、2011年「その子の笑顔が世界を救う(モーニング、講談社、2012年)」で第29回MANGA OPEN山田芳裕賞を受賞した肥谷(ひや)圭介。
『ギャングース』は映画化され、2018年秋に全国ロードショーの予定である。その公式サイトからストーリーを一部紹介すると、「親から虐待され、ろくに学校にも行けず、青春期を少年院で過ごしたサイケ・カズキ・タケオ。社会に見放された少年3人が生き抜くためにつかんだ仕事は、悪(犯罪者)だけをターゲットにした“タタキ”(窃盗、強盗)稼業。3人は、裏稼業・悪徳業種の収益金(アガリ)を狙う窃盗団を結成する。」
『ギャングース』の表のテーマは、「最新犯罪情報・防犯漫画」であると、鈴木は「④巻刊行によせて」で明かしている。実際、各巻の目次冒頭には、「この漫画は実話を基にしたフィクションです。しかし、犯罪の手口はすべて実在しますので、どうか防犯に役立ててください。」という断りが入っている。また、裏のテーマは、「日本の子どもの貧困と虐待問題」であるという。貧困と虐待の最も悲惨なことは、その被害者が加害者になり、悲劇が繰り返されてゆくことである。ところが、これは「日本の子ども」に止まらない、中国の一人っ子政策のために、戸籍のない子どもが大人になり、存在しない人間として、日本に来て犯罪で飯を食わざるをえない人々が登場する。こうした逆境に生きる若者たちの中に、鈴木と肥谷が希望を見い出だすのが、仲間同士の信頼である。その希望がタイトルに込められている。自らがギャングでありながら、毒蛇を喰らうマングースのように、毒のあるギャングを喰らうのが「ギャングース」なのだと。
「この国のド底辺に生まれつき、与えられるよりもむしろ奪われ続け、必死に生き抜くことだけを考えてきた。行き着いたのは悪のみを狙う窃盗団(ギャング) 。あまりに弱く何も持たず、だからこそ身を寄せ合う仲間を得た喜びは彼らの世界を変えた。彼らは毒をもつものだけを食う小動物。そんな少年達の事をこう呼ぼう。ギャングースと。(3巻)」
この信頼がどういう結末を導くのか。感動のそよ風が、読者の心を吹き抜けるだろう。
原案・鈴木大介、画・肥谷圭介 講談社モーニングKC 全16巻