ヨーロッパ政府とヘイトスピーチ対策

宮下 萌

IMADRプロジェクトスタッフ

 

ヨーロッパ評議会(CE)の人種主義と不寛容に反対する欧州委員会(ECRI)は、2015年12月に、ヘイトスピーチに対する闘いに関する一般政策勧告第15号(以下、「本勧告」という)を出した。本勧告は、CE加盟国の政府が反ヘイトスピーチ政策を作るにあたり指針とすべきものとして出された一般的勧告だが、日本においてもヘイトスピーチとの闘いにおいて使用できる内容が豊富に記載されている。以下、前文から最後の勧告10までの内容を検討する。

  • 前文

まず、前文でヘイトスピーチの定義を明確にしている。今後、日本でもヘイトスピーチ規制法の制定について議論を重ねていくと思われるが、何をヘイトスピーチと定義するかは重要な課題であり、本勧告の定義は参考になる。何がヘイトスピーチを構成するかについても重要な諸要素を記しており、これも議論の際に参考になる。

また、本勧告はヘイトスピーチ使用の特徴として「暴力、威嚇、敵意または差別の行為を他の人に扇動する意図がある、または扇動する効果を合理的に期待できるという場合」を挙げ、扇動の要素に「暴力、威嚇、敵意または差別の行為の実行を引き起こす明確な意図、または使用された当該ヘイトスピーチの結果としてそのような行為が起こる目前の危険があること」と記載している。危険があるかどうかの評価についても文脈等の具体的な状況を挙げている。

ここで注目されるのは、危険の評価についてである。この危険は、ラバト行動計画**で犯罪を構成する表現とされているものの多くを反映している。しかし、特に重大な形態のヘイトスピーチにとって、ECRIの勧告では、危険自体に「意図」は不可欠ではないとしている。ECRIが、ラバト行動計画の範囲を超えて「意図」を不要とした理由を研究し、日本の議論にも活かしたいところである。

  • 勧告1・勧告2 批准・留保および救済

勧告1・2では、批准・留保および救済について述べている。勧告2では、人種差別撤廃条約第4条および自由権規約第20条に付した留保の撤回を勧告している。留保の維持は、「人種主義および人種差別、戦争の宣伝ならびに国民的・人種的・宗教的憎悪の唱道を促進しまたは扇動する団体を禁止するための有効な措置が阻害されるのではないかという懸念」があるからである。本勧告はCE加盟国に向けられたものであるが、人種差別撤廃条約第4条(a)(b)に留保を付けている日本でも同様の懸念は認められる。

  • 勧告3 原因および規模

勧告3は、ヘイトスピーチの原因および規模に関係する。その趣旨は、ヘイトスピーチ使用の状況および使用の程度・影響を判断するための適切な措置をとるべきことである。ここではデータ収集の欠陥について注目される。ヘイトスピーチの定義の仕方が異なること等、具体的な原因の詳細は同項に記載がある。基準の明確性は、正確なデータを得るためにも必要であるということがわかる。日本でもデータ収集を行う際には、本勧告が挙げている点に留意して行うべきである。また、データ収集および分析についての詳細についても記載があり、参考になる。特にモニタリングについては詳しく言及している。

  • 勧告4 意識啓発および対抗言論

勧告4は、意識啓発および対抗言論について詳細に論じている。本勧告では、歴史を承継することの重要性、人権教育、多様性の尊重をもたらす取り組み、異文化間の対話の推進、連携ネットワークの創設、誤った情報の流布・ステレオタイプ化およびスティグマ付与との闘い、対抗言論の重要性について述べている。法規制だけで差別がなくなるわけではなく、これらの取り組みも人種主義および不寛容との闘いには極めて重要である。本勧告では、それぞれの取り組みについて詳細に論じており、日本の制度に組み入れる際にも参考になる。

  • 勧告5 標的とされた人びとの支援

勧告5では、標的とされた人びとの支援提供に焦点を当てている。カウンセリング、救済を受ける権利の行使方法、救済の障壁を取り除く方法について述べている。特に救済を取り除く方法では、解雇やいやがらせ等の報復的行動を禁止すべきであるとの記述がある。日本でもこのような報復的行動により支援が妨げられないよう、適切な措置を講じる必要がある。

  • 勧告6 自主規制

勧告6では、自主規制について述べている。具体的には、規定違反に対する何らかの制裁をともなった行動規範(倫理規範)の採択、モニタリング体制の確立、研修の実施、苦情申立て機構の設置等である。行動規範がヘイトスピーチ使用の重大性を反映したものであるか否かをチェックすることは重要である点についても述べている。また、モニタリングおよび苦情申立て機構を組み合わせることで規範尊重の態勢が整えられるため、日本でもこれらの態勢についてどのように確保するかを議論する際に、本勧告は参考になる。

  • 勧告7 メディアとインターネット

勧告7では、メディアとインターネットついて述べている。メディアとインターネットについても行動規範の採択、モニタリング、苦情申立て機構、研修の実施について論じている。インターネット規制は日本においても喫緊の課題である。行動規範では、匿名コメントの使用禁止、夜間アクセスの禁止の導入についても検討されている。また、価値あるモニタリングにするためには時機を逸することなく削除される必要があることの記載もある。もちろん、表現の自由の保全についても述べている。日本においても、これらの記載を参考にして表現の自由に対する過度な制約にならず、かつ、ヘイトスピーチ使用が減少するための効果的な措置を考える必要があり、これは一刻も早く取り組むべき課題であると考える。

  • 勧告8 行政上・民事法上の責任

勧告8は行政上・民事法上の責任に関わるものである。ヘイトスピーチの削除、サイトのブロック、声明の公表、流布の禁止、身元の開示などについて述べている。また、法的責任はより深刻なヘイトスピーチに限定すべきであることや、責任の主体についても詳細に論じている。日本でも、将来的にヘイトスピーチ規制法を制定する場合、法的責任を問うほどの深刻なヘイトスピーチの程度や賠償以外の救済措置等についても熟議が必要となり、その際には本勧告が参考になると考えられる。

  • 勧告9 団体に対する制裁

勧告が9は、政党その他の団体に対する行政上その他の制裁に関わるものである。公的機関による援助の取消しや解散について述べられており、日本でも検討の余地があると思われる。

  • 勧告10 刑事法上の責任

勧告10では、刑事法上の責任および制裁について述べている。ヘイトスピーチ使用が「より深刻なものであること」および「公的な文脈で使われたものであること」の両要件の具備が必要であるが、これ以外の要件を設けるべきでないことについても述べている。また、訴追の濫用防止についての記載もある。刑事規制については特に慎重な対応が求められており、その要件は日本でもしっかりと論じられなければならず、本勧告はその際に参考になる。

最後に

以上のように、本勧告の内容は多岐にわたる。ヘイトスピーチ使用対策の先進国であるヨーロッパに向けられた勧告とはいえ、日本でも参考にすべき箇所は多々ある。包括的な差別禁止法の制定や啓発事業の策定等に向けて、CERDの一般的勧告35やラバト行動計画とならべて本勧告の研究を進めることが望まれる。IMADRはECRIの承認を得て、日本語版を翻訳した。全文はIMADRのウェブサイトからダウンロードできる。

※※2012年、国連人権高等弁務官事務所が採択した「差別煽動禁止に関するラバト行動計画」