『アリ地獄天国(仮)』(パイロット版)

監督:土屋トカチ

 

小山 帥人(こやまおさひと)

ジャーナリスト

 

かつてある運送会社で働いていた知り合いの話だと、職場で暴力沙汰は日常茶飯事、仕事が多すぎて、走りながらパンをかじるような仕事ぶりで、1ヵ月で20キロ痩せたと言っていた。その後、かなり改善されたようだが、いまだに働く人を人間扱いしない会社がある。土屋トカチ監督は、「アリさんマークの引越社」に働く30代の男性を主人公に、日本の会社の現実をえぐろうとする。

 

この会社では、引っ越し中の荷物破損や車両事故などの損害金を労働者の給与から天引きするシステムをとっている。一度に払えないと借金をして、毎月給料から引かれる。弁償金で給与が減り、長時間労働で埋め合わせようとして過労からまた事故を起こして弁償金が増える悪循環、辞めたくても辞められないこの会社を社員たちは「アリ地獄」と呼ぶ。

 

2015年1月、主人公は、長時間労働の末、会社の車で交通事故を起こし、会社から48万円を請求された。労働中の事故は保険でまかなわれるはずだと、抗議して組合に入ったことから、主人公へのいじめが発生し、関東で営業成績1位の経験がある主人公は、営業職からシュレッダー係に異動させられた。

 

これを不当異動として主人公が地位確認訴訟を起こしたところ、会社は「社の名誉を害した」として懲戒解雇し、解雇者=主人公の顔写真が入った『罪状ペーパー』を各支店に貼り出した。「罪状」は「会社の職制を中傷し又は誹謗し職制に反抗」などと書かれ、「懲戒解雇になった場合、再就職先があると思いますか?」「一生を棒にふることになりますよ」と社員への脅しと読める説明がついている。

 

主人公が加入したプレカリアートユニオンが会社の前で宣伝活動をすると、会社側から抗議する男たちが来るのだが、その男たちは関西弁で、恫喝もどきの話し方をする。組合側が「普通の話し方じゃないですよ」と指摘するやりとりが面白い。恫喝には関西弁が有効なのかなと考えてしまう。この対決シーンは迫力満点で、ユーチューブにアップされ、2ヵ月で200万回もの再生があったという。

 

昨年は電通の長時間労働による新入社員の自殺が問題になったが、会社は利益を追求するあまり、労働者の人間性を無視する傾向がある。学校では労働基準法の存在は教えてくれるが、会社の強制から身を守る方法は教えてくれない。

 

土屋トカチ監督は、トラック運転手への執拗な組合脱退強制をテーマにした前作『フツーの仕事がしたい』で、羽交い締めにあい、叫びながら撮影した。ひどい会社に対してどのように対処していけばいいのか、労働組合の役割は何かを考えさせる作品を最前線で作っている。

 

今のところ、見られる映像はパイロット版で、土屋監督は今年(2017年)中に完成させたいと言っている。面白くて、ためになるドキュメンタリーの完成を期待したい。