「部落地名総鑑の原典 復刻版」のホームページ掲載削除と発行禁止を求める

和田 献一(わだけんいち)

部落解放同盟中央執行委員、IMADR事務局次長

 

差別図書・部落地名総鑑の販売は許されない 

「差別図書・部落地名総鑑がまたしても発行・販売されようとしている。断じて許さない」との強い抗議の意思が表明されたのは、3月2日と3日に東京で開催された部落解放同盟全国大会席上である。鳥取ループ・示現舎が「部落地名総鑑の原典 復刻版」と題した書籍を2016年4月1日に発行・販売するという広告宣伝がホームページ上に掲載され、拡散しているとの情報が部落解放同盟に寄せられた。

鳥取ループ・示現舎は2009年頃からネット上で部落の所在地や同和事業を調べ、電子書籍「同和と在日」を出版したり、「同和地区名をつぶやきます」と連日発信し、「同和地区wiki」を開設してきた。全国の自治体や地方法務局などから指導や削除要請を受けているが、全く無視し続けている確信犯である。ホームページに掲載することから書籍で販売することへ拡大している。差別禁止法に基づく刑法的規制でしか抑止できない。

1975年に発覚した「部落地名総鑑」は、当時200社を超える大手企業や個人が購入し、結婚や就職時の身元調査に悪用されるなど部落差別を助長する極めて悪質な差別図書とされた。当時の総理府総務長官は「差別を招来し助長する悪質な差別図書である」と断言した。総務副長官をはじめ関係省庁の事務次官の連名で関係自治体に注意喚起の通達が出された。この書籍が再び大量に発行・販売されることは断じて許されない。差別撤廃、人権確立を求めてきた多くの人たちの努力を水泡に帰す行為である。部落解放同盟は電子版部落地名総鑑のホームページ掲載削除と書籍の発行禁止を求め法的対応も含めて取り組んでいく。

電子版部落地名総鑑には全国5,360地区、世帯数、人口、職業がリスト化され、戦前の「部落調査」の対象地域名に現在の地名も掲載し、インターネット通信販売のアマゾンが予約注文を開始すると宣伝した。戦前に中央融和事業協会が部落問題解決を目的として作成した資料で、研究者の間では部落問題の基礎資料として扱われ、慎重の上にも充分な配慮がなされてきた。

こうした過去の経過を振り返れば、鳥取ループ・示現舎が電子版部落地名総鑑をホームページに掲載して拡散し、誰もが書店でも購入できる書籍として大量に発行・販売しようとする行為は、明らかに差別目的であり、差別を助長し、差別を拡散する、許しがたい差別事件である。

 

部落地名総鑑はセンシティブ情報である戸籍情報

部落解放同盟はまず、2月15日法務省への申し入れを行なった。そこで要請したのは、以下の3点である。

  • 当該書籍には被差別部落の地名などが記載され、「表現の自由」「出版の自由」の範疇を 逸脱し、明らかに差別目的であり、部落差別を助長するものであることを確認された
  • 当該書籍が販売されないよう具体策を図られたい。

③ 当該書籍の作成・販売が差別目的であり、部落差別を助長するとの認識の下で、作成者へ の厳正な指導を求める。また、ホームページ上にある部落地名一覧の規制措置を実施されたい。

次に、アマゾンに予約販売の中止を要請し、了解された。書籍を扱う出版・流通関係社へも「当該書籍を取り扱わない」よう要請したところ、「取り扱わない」との回答を得た。

発行元である鳥取ループ・示現舎に対して出版禁止等の仮処分命令を申し立て、横浜地裁で認められた。しかし、鳥取ループは一連の措置に対抗して、ヤフーオークションに一連の裁判資料を競売にかけて売却した。そのため、部落解放同盟と同盟員211人が原告となり、ホームページ掲載削除、出版差し止め、損害賠償を求めて、4月19日に示現舎と経営者2人を東京地裁に提訴した。

なぜ裁判までしなければこの暴挙をとめられないのか。日本も加盟している経済協力開発機構(OECD)には、電子情報化されたセンシティブ情報を取得し、利用し、第三者に提供する場合、本人の同意が必要だとする8原則のガイドラインがあるが、日本でその導入が遅れている結果である。

1976年に戸籍法が改正され、戸籍情報公開原則を変更し、閲覧制限としたが、弁護士や司法書士などの「さむらい8業士」は職務上請求用紙で請求することになった。すると今度は弁護士などを通して戸籍情報の不正請求が起きた。そして戸籍情報取得の不便さに付け込んで部落地名総鑑が広く販売されることになった。

2008年戸籍法が改正され、本人確認と使用目的の確認を行なうことになった。不正請求は防げると法務省は説明していたが、プライム総合法務事務所の1万件に及ぶ不正請求が明らかになり、不正請求は止まらなかった。プライム事件関係者は戸籍法違反で有罪となった。2008年戸籍法の改正は、電子情報化された個人情報保護の国際基準に基づいて個人情報保護法が制定されたことが背景にある。電子情報化された個人情報は「本人の同意なくして第三者に提供してはならない」とする自己情報コントロール権の下に置くのが原則である。電子情報化された戸籍情報も当然個人情報保護法の下で管理すべきであったが、問題は、戸籍法改正で「お茶を濁し」、電子情報化された個人情報である戸籍情報は、個人情報保護法の適用除外にしたことにある。やむなく部落解放同盟は、登録型本人通知制度の導入を各地方自治体に要請し、制度化した。戸籍情報の第三者提供に関して本人同意を求めない現状でも、最低限本人通知を事後的に行ない、取得された事実を知らせることにした。

 

差別禁止法の制定を急げ

部落地名総鑑の部落リストにある地名と名字は、戸籍制度の本籍地と氏に他ならない。本質的には戸籍情報を公開原則にして、個人情報を全部コピーして交付していることに問題がある。戸籍情報が電子情報化された時点で個人情報保護の国際ガイドラインを導入し、戸籍情報もまた個人情報保護法の下で、本籍地や氏などの差別に繋がるセンシティブ情報は本人の同意がなければ、取得し、利用し、第三者に提供することはできないとすべきであった。

名簿屋の暗躍、ベネッセの顧客情報流出、JRスイカの履歴情報売買などでビッグデータと呼ばれる個人情報が企業の利益追求の対象になっていることが問題である。個人情報保護、プライバシー保護と企業の利益追求との調整をする目的で、2015年9月に改正個人情報保護法が成立した。個人情報の定義が広くなり、「要配慮個人情報」(センシティブ情報)が含まれた。この中に「社会的身分又は門地」が明記された。第3条委員会として「個人情報保護委員会」が内閣府の外局に設置され、個人情報保護、プライバシー保護を監視することになった。改正個人情報保護法では、「センシティブ情報」である社会的身分又は門地(本籍地と氏)を本人の同意なくして取得し、利用し、第三者に提供した場合は罰則規定を設けている。「部落地名総鑑」が部落リストとして使われ、容易に特定個人と「要配慮個人情報」が照合され、部落差別に利用されることで、部落出身者の市民的自由と権利が侵害されるものとして法的規制をすべきである。

人種差別撤廃条約委員会はDescent(世系・社会的身分又は門地)に基づく差別を禁止する包括的差別禁止法を日本政府に求めている。「部落リスト」は、「表現の自由」「出版の自由」で保護すべき法益ではなく、濫用であることを明確にし、取得、利用、第三者への提供は禁止すべきである。差別禁止法を含む「人権侵害救済法」が求められる。