差別・格差・過労死をなくすために―質疑を中心とした討議

コーディネーター:飯田勝泰(NPO法人東京労働安全衛生センター常務理事兼理事長)

 

飯田:技能実習生の実態について、なぜ人身売買のような制度を日本政府が認め、また活用しているのか、今後の同制度の動向にも触れてご説明いただきたい。また実習生が権利主張等した場合の強制帰国の件で、空港で研修生を捕えようとしていた偽の警察官は何なのか。

鳥井:厚生労働省のホームページには労働者の補充など一言も触れていない。実態と制度の目的が乖離してしまっているので、大変わかりにくい制度となっている。偽警察官は一次受け入れ機関が雇ったガードマンだ。強制帰国の目的は見せしめである。制度そのものが辞めようとしても辞められないものとなっている。例えば3年間ちゃんと働けば本人に返すという保証金は大体200万円程度だ。日本に来る人は、なければ借金してでも保証金を払っている。強制帰国になればこの保証金は没収される。つまり実質的に辞める自由はない。「ちゃんと働いてくれればちゃんと給料は払いたい」という声も多いが、「お宅だけが労働基準法どおり給与を払ったら他が困るでしょう」と言われた経営者もいる。なぜこのような制度がまかり通っているか。第一にローテーション労働力として使いやすいからである。第二に日本は移民を受け入れないという建前があるからである。外国人労働者という言葉を使うことは許されておらず「外国人材」という言葉を使う。建前とは違い、実態としては移民社会であるのにもかかわらずである。

今後の動向については、現在技能実習三号という区分を作ることで、日本での滞在可能期間をさらに2年間伸ばし、最長6年に延長して職種も増やそうという法改正の動きがある。つまりゆがんだ形での労働者受け入れが拡大する可能性がある。

飯田:政府は将来的にどのくらいの数の技能実習生を受け入れようとしているのか。

鳥井:昨年6月の時点で162,154人の実習生がいるが、我々の試算では500,000人を見込んでいる。また別途労働者受け入れ事業では70,000人を目指している。

飯田:なぜ、勤務問題が原因とされる自殺の数(警察庁統計)に比して労災認定の割合がこんなに低いのか(4.45%)。またハラスメントに関して補足説明をお願いしたい。

川人:そもそも申請していない人が多数である。自殺された方のご遺族の心情として、公的機関に申請することによりおおっぴらになるのを避けたいという思いがある。会社もまた知られたくないという思いがあり、遺族に積極的に労働災害の申請をアドバイスすることはまずない。遺族からの相談にもおおむね消極的である。つまり最大の理由は泣き寝入りである。

欧米ではハラスメントに関する分析が進んでおり、カナダでは 1)一般的にハラスメントを構成するもの、2)ハラスメントを構成する可能性があるもの(他の人がいる前で批判する、集団的な活動や任務から排除するなど)、3)一般的にハラスメントを構成しないもの、と分類しているので大変参考になる。日本政府が突っ込んだ分析をしていない現状では、会社ごとに第三者委員会を設けて微妙な問題を検討するような仕組みが必要である。またハラスメントの大きな要素である上司からの無理難題をどのように解決するかも第三者を交えて検討すべきである。

飯田:いま労働法制が大きく変わろうとしている。例えば労働者派遣法の改正や、「高度プロフェッショナル制度」による労働時間の制限が実質無くなってしまう成果での賃金払いなど、労働規制がだんだん緩やかになっている一方、いわゆる非正規雇用が4割になってきた。その様な状況は職場での被雇用者への様々な差別や格差、問題を生んでいるのではないかとの指摘があった。さらに移住労働者がどんどん職場の中に入ってきている状況の中で、職場における差別と格差にどう向き合い、どのようになくしていけばいいのか。

鳥井:肌の色の違い、文化の違いを尊重する考え方は技能実習制度の中では生まれない。「どうせすぐ帰るのだろう」という見方からは相手への尊重は生まれない。また技能実習制度は究極の派遣労働ということが出来る。悪い言い方をすれば3年の使い捨てだ。このような労働者を正規社員はどのように見るだろうか。そこに差別が生まれる。

川人:派遣や契約社員から正社員になった人の場合、なんとか今の地位を維持したいと無理する傾向がある。一部のエリートを除く正社員の中にも雇用不安というものがこの10年、20年蓄積しているように思われる。そのため少々過剰な仕事も引き受けてしまい、そこから来るストレスをハラスメントという形で部下、同僚に発散してしまう。こういった病理現象が生まれているような気がする。

労働の多様化、働き方の多様化という名目が、派遣法を合理化する理由として用いられているが、仮に働き方の多様化ということで派遣社員をしている人が一部いるとしても、大多数は次善の策として派遣労働をしている。日本の職場の「身分制社会」がもたらしているものは、様々な形で非常に深刻なところで日本の企業を蝕んでいる。派遣労働が緩和され、様々な制約が緩和されたこの10年、日本社会は良くなったのであろうか。労働時間の制限が緩和されて日本の企業は良くなったのであろうか。この10年、20年の制度の改悪の中で、いや日本の経済がこれだけ伸びた、ということは説得力を持ってはほとんど聞かない。むしろ精神疾患の兆候、脳卒中、心臓疾患、犯罪といったさまざまな社会現象に至るまで、この「身分制社会」が背景にあると思われる。これほどまでの犠牲を払いながら、さらに仕事の多様化ということで、規制を緩和していくことが意味あることとは思えない。端的にいえば、原則に戻り、かつての正社員を復活させるといった流れの中に日本経済の再生があると思う。気持よく働ける職場を原点におき、経済の再生を考えることが、日本の経済において最も重要なことである。

外国人労働者の問題も、積極的に適正に受け止める形で、労働力を日本の経済に生かしてもらいたい。

飯田:シリアからの難民の問題など、実際日本が難民を受け入れる可能性はあるのか。またそのためにはどういった準備が必要か。

鳥井:かつて「不法就労は犯罪の温床」というキャンペーンがあったがこれは事実と全く反する。「不法就労」が犯罪を増やしたわけではない。日本社会の経済活動に寄与していることばかりである。昨年難民申請は5,000人を超えたが認められたのはたった11人だった。移民も難民も受け入れないという政策が基本である。ただ認められなかった人は半年たてば特定活動在留資格が得られ、就労することが可能である。今、難民申請中の人たちの労働力で建設業界などはかなり助かっている面がある。今、オーバーステイは60,000人だがこの人たちも働いている。

日本は先進国には珍しく「アムネスティ」と呼ばれる非正規滞在者の合法化をやったことがない。在留資格に関してはアムネスティを実施し、働くことを合法化して、ちゃんとした社会の一員になってもらえばいいと思う。難民に関しても同様の政策が求められる。歴史的に見れば、この世界のいろんな国は人びとの移動によってつくられた。人の移動によって技術や文化が発達してきた。移動がかってよりはるかに簡単になった現在、労使対等原則が担保された形、労働規範の元での人の移動が安定した社会を作っていくはずである。技能実習生の問題で怖いのは、彼(女)らに大変な思いをさせることが、それぞれの母国内においても反日教育につながっていくということであり、最大の懸念は、この社会が壊れてしまうということである。この社会における働き方の基準や倫理観などが壊れる。労働者が外国人だというだけで、規範を破ることが黙認されている。外国人にこの社会の一員になってもらうには、社会の規範・ルールがどのように適応されるのか考え、覚悟を持って受け入れていくべきである。

飯田:最後に人としての尊厳に関して職場でどのような取り組みが求められているか、おふたりに一言ずつお願いしたい。

川人:過労死の調査をしているときに、「あれっ、この会社(世間的に広く認められた)でこんなことが起こっているの」と思うことが何度かある。そういった会社は、数年たつと様々な不祥事が表面化したりする。従業員を尊重していない会社は他の問題も抱えており、結果的に瓦解していく。職場での人権を尊重しない会社は衰退していく。人権や過労死などの問題は、会社をどう作っていくかという根幹問題としてとらえてほしい。

鳥井:企業における労使関係は、その社会全体を照らし出していると思う。もう始まっている多民族多文化共生社会は、労使対等が担保された多民族多文化共生社会へと育てていかなければならない。今、チャンス到来である。欧米は移民国家として先行しているようだが、いろんな課題も抱えている。日本ではニューカマーと呼ばれる人たちが、均質的といわれてきた日本という国にさまざまな刺激をもたらしてくれた。東京オリンピック、パラリンピックは、労使対等が担保された多民族多文化共生社会に向かう大きなチャンスである。