現代の奴隷労働をなくすために、企業と消費者ができること―「フリー2ワーク電子機器産業レポート」日本語版発表にあたって

山岡万里子(やまおかまりこ)

ノット・フォー・セール・ジャパン代表

「現代の奴隷」とは誰のことか?

現在、世界には3000万人もの奴隷がいると言われています――“奴隷”!? 前近代的な響きに耳を疑いますが、「奴隷」=「人身取引や強制労働の被害者」と聞けば納得できるでしょう。世界のあらゆる場所で今この瞬間も、騙され脅され監禁されながら意思に反して働かされている人びとがいます。

実は奴隷の多くは、何か「モノ」を作る仕事に従事しています。鉱山、農場、漁船などの第一次産業から、あらゆる加工工場などの第二次産業。彼(女)らが生み出す「モノ」あるいはその「原料」「燃料」「材料」「部品」は、最終的には商品となり、一般消費者が購入することになります。たとえばウズベキスタンの子どもが学校に行かずに摘まされた綿花を材料に、バングラデシュの危険な縫製工場で女性たちが縫ったジーンズが、都会のアパレルショップに並びます。紛争が続くコンゴ民主共和国で、武装勢力に搾取されながら子どもたちが採った金や錫を原料に、中国の部品組み立て工場で学生が動員されて作った部品をもとに作られたパソコンやスマートフォンが、家電量販店に並ぶのです。西アフリカのカカオ農場で、子どもたちが危険な重い鉈を素手で持って割ったカカオを原料に、甘くて美味しいチョコレートが作られ、タイの漁船で「海へ突き落とすぞ」という脅しに怯えながら、タダ働き同然で出稼ぎ男性たちが獲った魚が、養殖エビの餌や缶詰になり、最後には私たちの食卓に上るのです。遠い国の奴隷労働と私たちの日常生活は切り離せない!まずはその認識を持つことが、この「現代の奴隷制」問題に取り組む第一歩です。

「フリー2ワーク電子機器産業レポート」とは

私たちノット・フォー・セール・ジャパン(NFSJ)は、アメリカの人権団体Not For Saleの日本支部として、その名の通り「人は売り物ではない!」という当たり前の、でもなかなか普段考えることのない概念を広めるために活動しています。世界そして日本で起きている人身取引の現状を、講演、映画上映、イベントなどを通して学生や一般の方に訴えたり、政府関係省庁と話し合ったりしています。

NFSJではこのたび、NFS米国本部が昨年5月に発表した「フリー2ワーク電子機器産業レポート」の日本語訳を作成しました(www.free2work.org ページの左側「ELECTRONICS REPORT IN JAPANESE」を開いてください)。「フリー2ワーク(Free2Work)」とは、「企業がその製造過程で奴隷労働が行われないよう努力しているかどうか」という観点から、個々の企業にAからFまでの成績をつけて評価し、消費者の参考にしてもらおうという試みです。これまでにアパレル(衣料品)、チョコレート、電子機器、コーヒーその他の産業について、企業自身のCSRレポートや第三者(NGO、メディア、政府機関等)による調査結果などの公開データをもとに、「方針」「トレーサビリティ(追跡可能性)と透明性」「モニタリングと指導」「労働者の権利」の4部門、計61の項目について細かく査定し成績をつけています。

「電子機器産業レポート」は、電子機器業界の個々の企業について査定結果をまとめて公表するだけでなく、業界全体の課題や取り組みの傾向、模範事例などを記事として盛り込んでいます。評価対象39社の中に日本企業9社[1]が含まれていたため、今回翻訳することにしました。

評価結果の傾向

電子機器企業の多くは、児童労働・強制労働・差別の禁止などの「EICC(電子業界CSRアライアンス)」の行動規範や、ILOの「労働における基本的原則及び権利」に則った行動規範を定めており、「方針」部門は概ね高評価です。ところが、たとえば「下請け工場や調達先などのサプライヤーが労働者に適正で安全な労働環境を提供できるように、メーカー企業が支援をしているか」といった「責任ある調達」の項目では、そのような方針を持つのは全体の1割の企業に過ぎません。また労働者が賃上げ等労働条件の改善を求めるのに必要な「団体交渉権」を保障していることを確認できたのは、39社中1社のみでした。

サプライヤーや下請け工場での労働環境を改善しようとするなら、まずは「自社のサプライヤーや下請け工場は、どこにある何という会社なのか」を知ることが大前提になります。ですが、レポートによれば、直接取引のある最終製造工場についてでさえ、把握していることを示せたのは39社の半分だけでした。ましてや、その工場がどこから部品や原料や燃料を調達しているのかを把握している企業はあまりありません。追跡の努力をしている企業はありますが、それでも全体の1割か2割に過ぎません。しかも、紛争鉱物問題[2]が問われるようになったここ数年、追跡が他産業よりも進んでいると言われる電子機器産業でさえ、そうなのです。

サプライヤーを追跡する努力はもちろんですが、同時に、把握したサプライヤーを公表する透明性も、フリー2ワークで重視している基準です。なぜなら部品や原料の調達先が公表されなければ、第三者が監視できないからです。調達先企業を開示することは、企業にとってはハードルが高いことでしょう。実際、一部だけでもサプライヤーリストを公開しているのは28%に過ぎません。けれども、できないことではないのです。アップル社とヒューレット・パッカード社は、最終製造段階サプライヤー全企業の企業名と住所を公開しています。特にアップルは数年前、中国の製造工場での虐待や児童労働が明るみに出てさんざんメディアに叩かれたので、透明性の分野でも努力を重ねた結果、フリー2ワークでは「B+」という高評価を得ています。

また労働者が公正に扱われているかどうかを調べる監査が大事ですが、これも注意が必要です。監査が行なわれるのはいいのですが、それが「抜き打ち」でないと、労働搾取の証拠はあらかじめ隠ぺいされてしまいます。また労働者への聞き取り調査が行われても、管理職が聞いている職場ではなかなか本音を言うことができませんから、職場外での聞き取りが確保されることが大事です。電子機器産業の場合、内部監査は62%、第三者による外部監査も56%で行われていますが、「抜き打ち」または「職場外での聞き取り」を少なくとも監査の一部に使っている企業は全体の24%に過ぎません。

この他にも多くの項目を総合した形で全体の成績がつけられています。残念ながらAにランクされた企業はなく、日本企業もBからDまで幅がありました。ぜひレポートをご覧いただければと思います。

レポートの公表で期待すること

このレポートを発表することで、私たちは電子機器企業の責任を問い詰めたいのではありません。むしろ業界全体の問題の傾向を知り、同業他社の模範事例などを知ることで、労働者の人権により配慮した行動を取るにはどうすればいいのかを、一緒に考えてほしいのです。そして、労働者の人権を守るために自社ではどんな努力を行っているかを、ぜひ私たちNGOや消費者に教えてほしいのです。一方消費者の皆さんには、このレポートで良い評価を受けた企業の努力を知り、応援していただきたいのです。企業の努力だけでは労働搾取は無くなりません。消費者がただ安いものを買い求めるのではなく、その商品の背後にいる、地球上のあらゆる場所で働いている労働者の生活に、思いを馳せるきっかけになればと願っています。

 

[1]B評価を受けたパナソニック、東芝。その他、日立、シャープ、ソニー、オリンパス、富士通、任天堂、キヤノンの計9社。

[2]紛争鉱物問題:紛争鉱物(conflict minerals)とは、コンゴ民主共和国と近隣国で採掘される錫、タングステン、タンタル、金のこと。採掘現場やその周辺で強制労働・児童労働・性奴隷・強制結婚などの人権侵害と搾取が行われ、しかもその売却益が残虐な現地武装勢力の資金源になっている。そのため2013年より、米国証券取引所に上場している企業には、該当地域から調達したこれらの鉱物の使用状況を報告する義務が課せられている。