先住民族の権利とCERD日本審査

永井 文也(ながいふみや)
市民外交センター

始めに
今年2014年は、日本を含む世界の先住民族にとって、 第2期「先住民族国際10年」の最終年に当たる節目の年である。今期(第85会期)の人種差別撤廃委員会(以下、CERD)による日本政府審査は、9月に開催された先住民族世界会議の直前の8月21日・22日にスイス、ジュネーブで行なわれた。この審査は、「建設的対話」の場として、前回2010年の日本審査同様、先住民族の議題も取り扱われた。本報告では、先住民族に焦点を当てつつ、この審査を包括的に振り返りたい。

前回の総括所見と審査前のNGO・当事者団体の活動
 まず前回のCERDによる日本政府審査の総括所見では、アイヌ民族に関し、アイヌ民族の代表者との協議の強化、そしてその上で2007年に国連総会で採択された先住民族の権利に関する国連宣言(以下、UNDRIP)の国内履行の促進、またアイヌ民族の生活水準に関する国レベルでの調査の実施などが勧告された。そして琉球・沖縄に関し、琉球・沖縄の人びとの代表者との幅広い協議をすることを政府に求める勧告が出された。またILO169号条約(先住民条約)の批准も求められた。
 これらの勧告と、これまでの政府の取り組みや現状を踏まえ、審査前に、CERD主催、そして市民社会主催で、二度のNGOブリーフィング、そして個別の委員への働きかけ、先住民族に関する情報提供が行われた。アイヌ民族はアイヌ語教育の強化やアイヌ民族の土地の権利の保障を始め、UNDRIPなどの国際規準の国内履行監視機関の設置、アイヌ民族の包括的な実態調査、そして立法措置を通じたアイヌ政策の推進などに関するアピールを行った。また、審査直前に問題となった金子快之札幌市議の「アイヌ民族なんて、もういない」「利権を行使している」などの発言も提供された。琉球・沖縄の人びとも、日本政府が琉球・沖縄人を先住民族として認識すること、そして琉球・沖縄の諸問題、特に基地問題における琉球・沖縄の代表者との協議を行い、自己決定権の保障に加え、琉球・沖縄の文化や歴史の教育や彼らに差別的な法律を廃止し、国際的に認められる先住民族の権利の保障などに関するアピールを行った。

審査1日目
 審査の冒頭、政府による声明の中で琉球・沖縄およびアイヌ民族に関して、次の点が言及された。
 まず2009年に設置されたアイヌ政策推進会議による、アイヌ民族の人権を尊重した総合的な活動や施策、特に「民族共生の象徴となる空間」というアイヌ民族や多文化社会を尊重するシンボル施設の設置を紹介した。また教育や啓発による国民の理解や研究の推進、アイヌ文化の振興、土地や資源の活用の推進、生活環境の向上などの施策、道外のアイヌ民族への調査、アイヌ民族の子弟対象の奨学金政策などを紹介した。
 また琉球・沖縄に関し、先住民族と認めていないため、本条約の対象外とする一方、沖縄の居住者および出身者は、日本国憲法により、法の下に平等であり、日本国民としての全ての権利を保護されていると説明した。さらに沖縄振興開発特別措置法および沖縄振興計画などによる社会資本整備を中心とした産業発展および本土との格差縮小を言及し、また 2012年に沖縄振興計画の策定主体が国から県へ移ったことを踏まえ、主体性の尊重を主張した。
 この声明に対し、CERD委員から、UNDRIPの国内履行の緩慢さ、先住民族の代表者の協議過程への参加の不足、ILO169号条約の未批准、諸分野における先住民族とそれ以外の住民との格差、先住民族の文化や歴史教育のさらなる促進、ユネスコの危機的言語の復興および言語使用の促進などに関する意見や質問が寄せられた。特にアイヌ民族に関しては、アイヌ政策での政府の努力を評価しつつも、生活水準や人口の正確な実態調査、口承伝承やアイヌ語を学ぶ時間数や機会の不足、アイヌ語の公立学校での教育などが指摘された。琉球・沖縄に関しては、政府が先住民族として認識していないことと、彼らの先住民族としての自己認識、土地の利用などの米軍基地の諸問題における琉球住民の自己決定権と、自由で事前の十分な情報を与えられた上での合意原則などに関して言及された。委員の一人が、ブリーフィングでも話題に上がった琉球・沖縄の基地問題に関して、協議の必要性以上に踏み込まないとしたが、これはおそらく安全保障や外交問題が絡むためだと考えられる。

審査2日目
 初日の委員からの意見や質問を受け、2日目の審査でも、政府は先住民族に関して回答を行った。まず、琉球・沖縄人の問題は本条約に該当せず、再度、憲法14条の法の下の平等が繰り返された。さらに沖縄振興審議会での代表者との協議の実践や、危機的言語の調査や活性化事業の展開を紹介された。文化保護では、一部事業で沖縄のみの通常以上の援助が説明された。
 アイヌ民族に関しては、まずUNDRIPの国内履行に関し、土地や資源の権利やその行使は国内状況により制限される点を踏まえつつ、有識者懇談会による具体的政策やアイヌ政策推進会議の設置などを通じ、アイヌ民族の意見を聞き実行していると回答した。また、道外のアイヌ民族に対する実態調査に基づく支援策の検討・実施や、北海道庁実施の実態調査結果からのアイヌ民族以外との格差是正の支援措置を紹介した。そしてアイヌ文化振興法による総合的かつ実践的な推進事業や、文化財保護法に基づく古式舞踊や生活用具などの保護も示した。そして民族共生の象徴空間にも今一度言及し、その意義が繰り返された。また、アイヌの生徒が多い学校では、アイヌ文化やアイヌ語の学習は可能であると回答された。
 委員からは、これらの回答に対し、琉球・沖縄の歴史を言及しつつ、1872年の「琉球処分」などの歴史認識を正し、先住性の認識を要求し、琉球・沖縄に関わる諸問題の自己決定権の保障が再度求められた。しかし政府はこれに対し、法の下の平等を再び強調し、かつ沖縄振興開発特別措置法に基づく文化振興を言及した。最後に日本審査担当報告者である委員から、両民族の生活水準などの格差是正の要請が改めて言及された。

総括所見の概要
 先住民族に関し、以上のような「建設的対話」が交わされた。その結果の一つである委員会の総括所見では、アイヌ民族に関し、アイヌ政策推進会議などの協議機関におけるアイヌ代表者の増員、雇用、教育そして生活水準に関する格差是正措置の迅速化および向上、土地と資源に関する権利の保護および文化と言語に対する権利の実現、アイヌ民族の包括的な実態調査の定期的な実施、そしてILO169 号条約の批准が勧告された。琉球・沖縄に関しては、政府が琉球人を先住民族として認めることをはじめ、その権利の保護、琉球の代表者との協議の向上、琉球諸語の保護の迅速化ならびにその言語での教育、また彼らの歴史と文化が教科書に含まれることが勧告された。

審査全体を受けて
 NGOなど市民社会側からは、先住民族に限定すれば、アイヌ民族から3人、琉球民族から3人が参加し、NGOブリーフィングや委員への直接の情報提供を通じ、先住民族の諸問題や権利を訴えた。特に琉球・沖縄からは参議院議員および那覇市議も参加し、日本政府への一層の国際的な圧力に繋がったと考えられる。
 委員会の見解は国際規準として認識される。その見解に照らすと、日本社会での先住民族の権利保障は決して十分ではなく、前回と今回の勧告の内容が多く重なっているように、改善はほとんどみられない。 さらに、政府は委員の質問や意見に対して同様の回答を繰り返したように、「建設的対話」として審査が上手く機能しているとは言い難かった。
 また国際慣習法と捉えうるUNDRIPを部分的に政策に取り込む政府の姿勢も続いている。例えば、アイヌの生徒が多い学校でのアイヌ文化や言語の学習の可能性の言及により、今後の公立の学校でのアイヌ文化や言語の教育が促進されうる一方、これも文化振興の一つと考えられ、この分野のみが進んでも、ブリーフィングでのアイヌ民族の言葉を借りれば、「アイヌがただの文化の象徴」とされることに繋がることは否めない。また琉球・沖縄に関しても、文化的な振興政策における協議のみに限定して政府は言及し、UNDRIP第25条以降の土地の権利などの保障の課題は依然として残っている。つまり、先住民族の権利の国際規準の一つとされるUNDRIPを体系として捉え、政策に反映する重要性も未だ認識されていない。

※永井さんは原田伴彦基金の助成をえたIMADR国際人権人材養成プログラムのもと、インターンとしてCERD審査に派遣されました。