日本軍「慰安婦」に対する性奴隷慣行―自由権規約委員会、改めて厳しく勧告

渡辺 美奈
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)事務局長

6年ぶりの審査
2014年7月15日-16日、第111会期の自由権規約委員会は、締約国日本の審査を実施した。日本軍「慰安婦」問題は、1990年代の審査でも議論の対象になっていたが、総括所見でとりあげられたのは2008年が初めてだった。その背景には、前年に現職の内閣総理大臣である安倍首相が「狭義の強制連行」を否定したことがきっかけとなって、米国ほか外国議会が日本政府に「慰安婦」問題の解決を求める決議を採択したことがある。「慰安婦」問題はいまだ解決していないどころか、日本の政治家が事実そのものさえ否定し、高齢の被害者は今も苦しんでいることに、国連人権機関も改めて気がついたのだ。2008年の自由権規約委員会の所見は、法的責任、謝罪、補償、加害者処罰、教育、否定発言への反駁と制裁を求める、包括的で極めて厳しい内容であり、適切な補償を受けるのは被害者の権利であると指摘した。
 それから6年、日本軍「慰安婦」制度の事実そのものを否定する勢力が強くなる中で、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)は政府報告書には書かれないような「慰安婦」問題に関する情報をNGOレポートとして提出、委員会による本審査には「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」の支援を受けてジュネーブに赴き、直接委員に情報提供した。

日本政府、「性奴隷ではない」と主張
 委員会の審査は事前に伝えられていた「質問リスト」に沿って進められ、「慰安婦」問題では締約国による被害回復措置について質問が出されていた。しかし、日本政府の回答は、法的には解決済み、アジア女性基金で対応とのこれまでの見解を繰り返し、さらには、「『慰安婦』を性奴隷と呼ぶのは不適切である」と、国連の場で初めて発言した。
 これを受けて、マジョディナ委員(南アフリカ)は、「慰安婦」問題についてはこれまで多くの国連人権機関が勧告してきた事実、安倍首相による「河野談話」見直しの動きや公人による否定発言の現状を指摘し、今こそ解決する時が来た、「慰安婦」と呼ぶのをやめて性奴隷と呼ぶべきであると発言した。そのうえで、河野談話の見解の確認や、「慰安婦」裁判、真相究明、被害者への謝罪等の状況について質した。しかし、日本政府はこれらの質問にはまったく答えず、日韓請求権協定を読み上げて「完全かつ最終的に解決」と強調し、「性奴隷と呼ぶのは不適切」と繰り返し、河野談話検証を通じて「強制連行は確認できていないとの認識で一貫していた」と発言した。マジョディナ委員が1926年の奴隷条約で定義は明らかだと指摘すると、政府代表は審議終了の間際に、「『慰安婦』制度は奴隷条約の定義にあてはまるとは理解していない」と再反論した。
 日本政府の一連の主張を聞いていたロドリー議長は、審査をまとめるにあたって、これまで繰り返し勧告がなされているにもかかわらず進展がない課題として、代用監獄とともに「慰安婦」問題を取り上げ、「強制連行」はなかったといいつつ、「意志に反した募集」があるとの主張は、我々は十分に賢くなくて理解できない、もし性奴隷や強制に疑念があるのなら、すべての資料を公開し、独立した国際的な調査で明らかにしていないのは理解できないと、辛辣な皮肉を込めたコメントをした。

初参加した「慰安婦」否定派
 委員会には、「慰安婦」制度の事実を否定するグループから10人ほどが参加していた。彼らが記者会見で掲げた横断幕の主張は「『慰安婦』は性奴隷ではない」。つまり日本政府の主張とまったく同じであることがわかる。彼ら・彼女らは、手続きを知らなかったためにNGOのブリーフィングには入れず、委員会では文書と口頭でロビー活動しているようだったが、審議も終盤、日本政府が「性奴隷にあたらない」と発言すると大きな拍手をし、委員会終了後には「慰安婦」問題を取り上げたマジョディナ委員に詰めよって非難した。議長は、発言に拍手をするのは不適切であると注意、マジョディナ委員は事務局によって救い出されたが、このようなルール違反は恥ずべきことである。一方、このような右派の人たちの行動によって、日本がいかに過去の歴史と人権を否定する危ない方向に舵を切っているかが、委員に伝わったとも考えられよう。

いかなる人権侵害にも日本政府に責任
 翌週の7月24日、自由権規約委員会は総括所見を発表、日本軍「慰安婦」問題については、第14項で大きく扱われるとともに、1年以内に報告を求めるフォローアップ項目に位置付けられた。
まず、日本政府の「性奴隷にはあたらない」という主張を退け、第14項のタイトルは「『慰安婦』に対する性奴隷慣行」とし、前半で委員会の日本軍性奴隷問題に対する見解を、後半で日本政府に対する勧告が書かれている。一般的には、日本に向けた勧告部分に重点をおいて紹介するが、今回は委員会の「慰安婦」問題に対する判断の部分が重要である。まず、「河野談話」で意思に反して女性たちが募集、移送、管理をしていたと認めつつ「強制連行はない」という日本政府の「矛盾」した見解に懸念を表明したうえで、「被害者の意思に反して行われた行為はいかなるものであれ、締約国の直接的な法的責任をともなう人権侵害とみなすに十分である」と指摘した。さらに、締約国の曖昧な態度によって助長されたような、被害者の社会的評価を攻撃してさらに被害を与える行為にも懸念を表明した。そしてこのような被害が続く状況は、被害者が効果的な救済を受けていないことの証左だと判断した。
 これらの認識を示したうえで、勧告では、加害者処罰について極めて具体的にその手続きを示し、前回の自由権の勧告にはなかった「入手可能なすべての証拠の開示」が追加されるとともに、完全な被害回復措置、教育、公的な謝罪と国家責任の認知、否定発言への非難をなど含む、厳しい内容となった。

ピレイ国連人権高等弁務官、報道発表
 それから約10日後の8月6日、今度はピレイ国連人権高等弁務官が、日本が「慰安婦」問題の解決をしてこなかったことに遺憾の意を表明した。ピレイ国連人権高等弁務官は、2010年に日本を訪問した際、当時の鳩山首相や岡田外務大臣とも面会して効果的な救済を提供するよう要請していた。一方で、「自らの権利のために闘ってきたこれら勇気ある女性たちが、権利の回復をみず、当然の権利である賠償を受けるとることもなく、次々に他界していくことに心が痛む」とし、「これは歴史に属する問題ではなく現在の問題であり、被害女性たちの正義と賠償への権利が実現されない限り、彼女たちへの人権侵害は続く」と指摘した。そして、日本政府による紛争下の性的暴力防止への取り組みを評価しつつ、それと同じ気持ちで「慰安婦」問題についても包括的で公平で持続的な解決を追求するよう促した。
 日本政府は、紛争下の性暴力をなくすための国際的イニシアティブに資金を提供すると約束している。今年6月、ロンドンで「紛争下における性的暴力の終焉に向けたグローバル・サミット」が開催された際には、日本から参加した岸信夫外務副大臣(当時、現外務大臣)が「性的暴力は犯罪です。重要なのは加害者の不処罰の文化を排除し性的暴力に対する人々の考え方の変革を促すことなのです」と演説した。ピレイ国連人権高等弁務官は、日本でこそ、このような変革を促す行動が必要なのだと指摘しているのである。
 日本軍「慰安婦」問題が、国際的な女性の人権課題として注目されているのは、日本の一新聞の報道如何の問題ではない。日本がアジア太平洋戦争中にアジア各地の女性たちを性奴隷にしたその事実に向き合っていないことが明らかだからだ。日本軍「慰安婦」問題が「過去に属するできごと」になるのは、日本政府は自由権規約委員会の勧告にあるような被害者の被害回復のためのあらゆる措置を取った後であることを、日本社会も認識しなくてはならない。