米国入国禁止令――市民社会と司法の対応

ニューヨーク便り

 

米国入国禁止令――市民社会と司法の対応

 

波多野 綾子(はたのあやこ)

IMADR特別研究員

 

ニューヨーク便り第3回は、今年初めに米国及び全世界の人びとに衝撃を与えたトランプ政権の「入国禁止令」とそれをめぐる訴訟、そして市民運動について振り返ってみたいと思います。

米国トランプ政権は、2017年1月27日、難民受け入れ事業を120日間停止(シリアに関しては無期限)する他、イラク、シリア、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメンの7カ国の国民の米国入国を90日間禁止する等の措置を含む大統領令に署名しました。即座にNY大学ロースクールのメーリングリストや米国自由人権協会(ACLU)関係のSNSなどでは抗議の呼びかけがあり、NY大学の移民法の教授や学生たちの多くも、空港で拘束された人びとを助けなければとケネディ国際空港に向かいました。同空港は当局による拘束者が続出し混乱と恐怖の声があふれていましたが、同時に数千人が集まり、「イスラモフォビア(イスラム恐怖症)やレイシズムに抗議する、彼らを入国させろ!」といったプラカードを掲げ、入国禁止令に抗議しました。

ACLUは、即日大統領令の差し止めを求める訴えを起こし、ニューヨーク東部地区連邦裁判所は1月28日には入国許可のある移民や難民の強制送還を一時的に中止するよう命令(合憲性については判断せず)、2月にはシアトル連邦地裁が大統領令差し止めを命じ、連邦控訴裁もそれを支持しました。「法廷は民主主義の防波堤だ」と、多くの人権派弁護士が誇らしげに述べ、同大統領令に対しての訴訟や抗議運動が各地で相次ぎました。1月に全米・世界各地で行われたWomen’s Marchでは、ニューヨークでも約40万人が参加し、トランプ政権の政策への強い抗議が表明されましたが、それ以外にも、入国制限令に反対する集会が毎週のように開かれており、大学や弁護士事務所は、移民法に関する無料相談や移民法・大統領令に関するレクチャー等を行っています。

他方、入国禁止令発令後、NYのタクシー協会はケネディ国際空港からの乗客ピックアップを行わないボイコットを敢行したのですが、タクシーを拾えない客がUber(アメリカの自動車配車企業)に流れ、需要増でUberの利用料が高騰、Uber創業者がトランプ大統領の経済顧問グループメンバーとしてSNSで発言したことなども相まって、「Uberはトランプ支持」として批判が噴出、結局Uberはユーザを失い、CEOは顧問も辞めることになるなどビジネスへの影響も耳目を引いています。

トランプ政権は、2017年3月6日に当初対象国に含まれていたイラクを除外するなど入国禁止の対象範囲を狭めた新入国制限令を発令しましたが、ハワイ州等は新入国禁止令を違憲として訴えを起こし、3月15日にはハワイ州連邦地裁が、新大統領令が「イスラム教徒への差別にあたり、宗教の自由を保障した憲法に違反する」として執行停止の仮処分を決定し、メリーランド州連邦地裁もそれに続きました。同年5月25日、リッチモンド連邦高裁(バージニア州)は、メリーランド州連邦地裁の執行差し止めの判断を支持、6月12日にはサンフランシスコ連邦高裁(カリフォルニア州)がハワイ州連邦地裁の判断を支持しました。

しかし、同年6月26日、連邦最高裁判所は、入国禁止令の執行が全面的に停止されていることについて、「米国の国益を損なう」としてトランプ政権側の申し立てを部分的に認め、米国に家族が住む人や大学への入学を許可された人、企業に採用された人など、アメリカと「真性な関係(bona fide relationship)」があるとされた人びとを対象から除いたうえで、大統領令は執行されることになりました。入国禁止令の実質的な違憲性等については秋以降に改めて審理されるとのことです。連邦最高裁判事は、4月まで1人空席となっており、リベラル派・保守派が4人ずつで真っ二つに割れていましたが、トランプ大統領が指名した保守派判事ニール・ゴーサッチ氏が4月に議会で承認され、現在は判事の過半数を保守派が占めています。特に高度に政治的とも言われる米国最高裁の今後の審理に注目が集まっています。