タイ・強まる人権活動への締めつけ

タイ・強まる人権活動への締めつけ

白根 大輔(しらね だいすけ)

CCPRセンター アジア・太平洋コーディネーター

 

「市民社会」と言ってもその中にはいろいろな人、団体、活動があるだろう。例えば開発支援や技術支援、公的機関が行うサービスを受託、または肩代わりして提供する活動、人道援助、これらの分野での市民社会の状況はまた違うものかもしれない。しかし、私が活動する人権の分野では、文脈や形態は違ったとしても、傾向といってもよいくらい、アジア地域(特に筆者の活動範囲である東南アジア、南アジア)の多くの国々で、NGOや人権活動家が自由に活動できる市民社会スペースが過去10年の間にどんどん狭められているという印象を受ける。それは政府や当局による人権活動に対する取り締まりが厳しくなった背景がある一方、極右や宗教原理主義者の言動が放置され、人権活動を行うNGOや活動家に対する嫌がらせや脅迫があり、時には誘拐あるいは殺人事件に至っているという背景がある。また原理主義の台頭はイスラム教、仏教、ヒンドゥー教、キリスト教など宗教に関わらず見られると言ってよいだろう。これら極右や宗教原理主義と当局との関わりは必ずしも明確ではないが、その関係性が疑わしいケースは決して少なくない。ここでは、2014年のクーデター以降、急速に市民社会スペースが減少するタイの状況について報告したい。

タイの首都、バンコクには国連人権高等弁務官事務所のアジアオフィスがある。またタイは一昔前までは人権に関してアジアのなかでトップランナーとしての自負とそれなりの実績もあった。しかし近年は政治的に不安定な状態が続き、政治的混乱のなか起きた2014年5月の軍事クーデター以降は、人権分野で活動する市民社会組織に対する取り締まりが強まり、新たな問題も多く出てきている。クーデターの際に制定された臨時憲法では、国家平和秩序評議会(NCPO)に、治安維持のために必要な法令や命令をいつでも制定できるという絶対的な権限が与えられており、NCPOのメンバーには起訴に対する免責が与えられている。

 

表現の自由

タイでは、市民社会スペースを保障する上で根本的な権利の一つである表現の自由は、もともと刑法112条(不敬罪)、116条(騒擾煽動教唆罪)、326条(冒涜罪)、328条(中傷罪)などで規制されており、中でも112条によるタイの王室に関する批判や報道についての厳しい取り締まりは問題視されていた。これに加え、クーデター以降は2007年に制定されたコンピューター犯罪法(2016年改正)、その他軍事政権により出されたいくつもの法令によって、人権活動家やメディア、政権批判者の言動の取り締まりが加速度的に行われている。これらの法律、法令のほとんどは取り締まりの対象となる「表現」に関して、曖昧な言葉で規定されており、当局による恣意的かつ広範な適用を可能としている。

不敬罪は誰でも告発することができ、有罪とされた場合は1件につき最大15年の禁錮が科される。クーデター直前までに不敬罪で収容された人は6人であったが、クーデター後、今年の初めまでには少なくとも90人が不敬罪で逮捕され、半数近くが最大30年の禁錮刑を科されている。その多くは戒厳令の下、軍事法廷で裁かれた(軍事政権からの独立性に多くの疑問がある)。不敬罪の場合、保釈が出ることはほとんどない。最近話題になったケースでは、34歳の元保険セールスマンの男性が、フェイスブックに王族を批判・冒涜する情報を載せたという10件の不敬罪で逮捕・起訴され70年の禁錮が求刑された。この男性は今年6月に、有罪を認めたため、最終的に35年の禁錮刑となった。また、クーデター以降、千数百にのぼるウェブサイトが当局によって不敬罪という名目で閉鎖されている。

クーデター後、当局による刑法116条(教唆罪)の適用も増加しており、2014年5月から2017年初めまでの間に、少なくとも60人が教唆罪で起訴されたという報告もある。これら教唆罪で起訴となったケースの中には、明らかに政権批判者を対象としたものや、説明不可能に近いようなものも少なくない。例えば、起訴された人の中には、クーデターを批判したとして前教育大臣が含まれていたり、チェンマイでは57歳女性が前首相の新年の挨拶の入った記念品の写真をフェイスブックに載せたことで、また、バンコクでは77歳の男性が平和的な行進をしていた民主化活動家に花束を贈ったことで、教唆罪で起訴されている。

さらに政権に批判的なニュースの放送や流布、独立したメディアやジャーナリストの活動を制限する法令も数々出されている。同時に、すべての国内報道機関に対し、軍事政権発表の情報を広めることを義務付ける法令も出されている。政治的な情報を流したり独自の報道を行ったテレビ局の放送が中止となったり、ライセンスを取り消されたりもしている。また、首相をはじめとした政府関係者からメディアに対し、否定的な内容の情報を流さないよう脅しとも取れるコメントが出され、多くのジャーナリストが逮捕・勾留されていることともあわせ、自粛ムードが高まっている。

 

集会の自由

集会の自由も戒厳令や次々と出された軍事政権による法令のもと締め付けが強化されている。例えば、2014年5月の法令では、公の場での5人以上の集会が禁止され、違反の場合は最大1年の懲役、または2万バーツ(約6万円)の罰金、またはその両方が科される。その他の法令では政党による集会やいかなる政治活動も禁止され、2015年の法令では、いかなる人であれ、4人以上の政治的集会も禁止されている。表現の自由の制限と同様、これらの法令は定義が曖昧で、恣意的な適用を可能にしている。クーデター後から今年初めまでの間に、人権、歴史、民主主義等をテーマにした数10件の映画会や討論会が中止命令を受け、これらの法令に違反したとして、少なくとも500人以上が逮捕され、半数近くが起訴されている。報告によれば、実際に有罪となったケースは少なくとも10数件あり、たいていは執行猶予付きの数ヶ月の懲役刑と5000バーツ程度の罰金となっている。ただし、これらの逮捕、起訴が本人及び関係者、さらには一般に及ぼす影響は大きく、多くの活動家は行動に慎重になっている。2015年に制定された集会法によっても、デモや集会が厳しく規制されており、これまで数々の平和的集会が、不必要で過度な武力行使を通して解散させられている。

恣意的勾留

クーデター以降、集会や結社の自由も厳しく制限されており、人権活動家や平和的なデモ参加者、学生や学者、作家、ジャーナリストも含め、軍事政権批判を行った人が数百人近く、逮捕状や起訴のないまま勾留されたと報告されている。このような場合、勾留は最大1週間程度だが、勾留を確認できる情報が公開されることはほとんどなく、弁護士や家族へのアクセスすら皆無の場合が多い。さらに釈放の際に、海外への渡航や政治的な意見の表明や活動は行わないという誓約書に強制的に署名させられ、違反した場合は最大懲役2年が科せられる。軍事政権はこのような恣意的勾留を「態度矯正」として正当化している。また刑事事件の場合、 被疑者が、文民法廷では最大30日、軍事法廷では最大84日まで、起訴や人身保護令状もないまま勾留される場合がある。

 

次は誰?

こうしたなか、タイ国内の人権活動家は、次は自分かもしれないという不安を抱いている。拷問のケースを調査し、被害者や家族を支援・救済する活動を行っている私の知人にも、一時期、逮捕状が出ていた。また、民主主義や人権に関する討論会、映画上映、読書会などを行っている知りあいの書店主は、クーデター以降、私服の軍人が参加者に紛れこんでいたり、尾行や監視をされたことがあると言っていた。

タイと日本の現状を単純に比較することはできないが、日本でも似たような状況が起こらないとは言い切れないだろう。第二次世界大戦に至った歴史の繰り返しを決して許してはならない。