市民のための政治をとりもどした「ろうそく革命」

郭 辰雄(かく ちぬん)

(特活)コリアNGOセンター代表理事

 

「朴槿恵大統領は退陣せよ!」

2016年10月、韓国のテレビ局JTBCが大統領の友人である崔順実氏の処分したパソコンを入手してデータを分析したところ、大統領演説の草稿など文書44件を発表前に受けとっていた事実が明らかになったと報道した。

この報道をきっかけにして、いわゆる「崔順実ゲート」事件が大々的にとりあげられ、次々と明らかになる朴槿恵政権の疑惑をめぐり、韓国国内では大統領の退陣を求める国民の声に埋め尽くされていった。

「ろうそくデモ」、あるいはいまでは「ろうそく革命」ともいわれるこの大規模な市民の運動には、10月下旬からは1500を超える団体が参加し、毎週末ごとに大規模な市民集会が開催されてきた。これらは200万人を超える史上最大規模の市民集会であり、回を重ねるごとにその規模も大きくなり、開催地も全国に広がった。それと比例して朴大統領の支持率も急落、韓国ギャラップが11月11日発表した世論調査によると支持率はわずか5%で、19~29歳の年齢層では「支持」は0%、「不支持」は96%という結果であった。

こうしたなか、韓国国会は12月9日、朴槿恵大統領の弾劾訴追案を採決したが、世論の反発が激しさを増すなか、与党セヌリ党の朴槿恵大統領系議員までも多数が賛成にまわり、賛成票234、反対票56で可決された。

弾劾の主な理由としてあげられたのは、①崔順実氏を国政に介入させ、憲法の国民主権、代議制民主主義、閣議に関する規定、大統領の護憲義務などに背いた、②崔順実氏が主導して設立した「ミル財団」と「Kスポーツ財団」の資金集めに関与した贈収賄罪、③両財団に大企業が多額の寄付金を供出したことに関連した、大統領の職権濫用・強要罪、④青瓦台の機密文章が外部に流出したことは「文書流出および公務上の機密漏えい罪」、⑤旅客船セウォル号沈没事故への対応不備は生存権を保障する憲法に違反する、というものであった。

こうした韓国での大統領弾劾の動きに対して、日本国内では「政治的混乱をもたらす」、「自ら選んでおきながら無理やり引き摺り下ろそうとするのはおかしい」などの見方が散見されていた。

たしかに、日本のメディアではこれまでの韓国の民主化の歴史を見ずに、いま行われている大規模な抗議行動だけが切り取られて伝えられるため、「反政府」という印象ばかりが強調されるのかもしれない。しかし市民の行動は終始一貫して非暴力的で平和的であり、あらゆる地域、世代が参加して行われていた。

大統領退陣に追い込んだ「ろうそく革命」は、まさに国民による民主主義の実践であり、国民一人ひとりが自ら考え、社会に参加し、社会を発展させていく過程だったということができるだろう。

 

市民が勝ち取ってきた韓国の民主主義 

ここで韓国の民主主義がどのように発展してきたのかについて少し紹介しておこう。

1948年、アメリカの世界戦略のもとで、ソ連、中国に対抗するためのアジアにおける「反共基地国家」として誕生した大韓民国は、その成り立ちからして国家権力と南北の平和統一や民主主義を求める国民との間の激しい矛盾関係を内包してきた。その矛盾は韓国社会の近代化のなかで市民社会が発展するにともない、反独裁民主化運動として表出した。まさに朴槿恵大統領の父親である朴正熙大統領は軍を基盤とし、財界と癒着し、民主主義を封殺することで権力を維持しようとした人物であった。そしてその時代に多くの犠牲を払いながらも韓国市民は民主化闘争を闘い、追い詰められた朴正熙大統領は最終的には部下の凶弾に倒れることとなった。

1980年に民主化を求める市民の声を、軍部の銃剣によって圧殺して登場した全斗煥大統領も、大統領直接選挙制の実現を求めて数百万人の市民が立ち上がった87年6月民衆抗争によって退陣を余儀なくされ、その後、新憲法のもと韓国社会は本格的な民主化の道を歩み始めたのである。

今回の「崔順実ゲート」事件とは、韓国市民が長年闘い、否定してきた過去の独裁政権を支えてきた構図、すなわち、大統領とその周辺の関係者による密室政治、民主的で公開的な政治手続きの無視、統合進歩党解散に象徴される人権蹂躙と政治的弾圧、財閥や特定個人への便宜供与などの腐敗・癒着、数多くの高校生が犠牲になったセウォル号事件への対応に象徴される国民の生命、人権の軽視などが、いまなお韓国社会に巣食い、社会を支配していることを白日の下にさらけだしたものだった。

だからこそ朴槿恵大統領の退陣を求めていた市民の声は、しだいに韓国社会全体の課題に広がり、当初は政権に対する怒りの場であった広場と路上は「少数者の声が増幅され、討論と熟議が行われる場に進化」(ハンギョレ新聞)してきた。大統領退陣のみならず、検察改革、格差是正と財閥改革、メディア改革、民主主義的制度の発展、マイノリティの人権保障、公開的で開かれた政治の実現など、韓国社会の基本構造を再び立て直そうという市民の要求がそこで深められていった。

それは当時、ソウルでの集会に参加していたある大学生が「社会の民主主義に疑問と無力感を感じていたが、『ろうそくデモ』で、一人ひとりが力を合わせれば政治も財閥も変えていけるという希望を感じた」と語る言葉に象徴されている。

 

新たな政権への期待 

今年の3月10日、韓国憲法裁判所は朴槿恵大統領に対する弾劾審判の判決で、「大統領は憲法と法律によって権限を行使しなければならず、公務遂行は透明に公開しなければならないが、朴大統領は崔順実の国政介入を隠蔽し、疑惑が提起されるたびに隠した」とその容疑を全面的に認め、全員一致で罷免を決定した。

これにより即日朴槿恵大統領は解任、5月9日に大統領選挙が実施されることになった。選挙戦は政権与党であったセヌリ党が分裂し、共に民主党、国民の党など政権交代を訴える野党勢力が優勢のまま闘われ、結果的に共に民主党の文在寅氏が2位に560万票以上という過去最高の得票差をつけて当選を果たした。またその他の野党系候補の得票をあわせると、実に70%もの市民が「政権交代」を望んでおり、大統領就任後の支持率を見ても85%(5月最終週)もの高い支持率を得ており、国民の期待は高い。

就任演説で「統合と共存の新しい世界を切り開いていく」とし、「謙虚な心を忘れずに、すべての国民の大統領になる」と宣言した文在寅大統領は、優先的な課題として、雇用と格差の是正を掲げ、公共部門で81万人、民間部門では50万人の新しい雇用創出と最低賃金引き上げを打ち出し、同時に財閥改革を進めながら、国民生活の安定と改善を図るとしている。

また南北関係についても、これまで強硬姿勢一辺倒であった朴槿恵政権とは違い、「核・ミサイル」の放棄を求める基本姿勢を持ちつつも、民間団体による北朝鮮支援の承認や、2018年に開催が予定されている平昌冬季オリンピックの南北共同チームの提案など、対話を通じた南北関係の改善に向けた姿勢を鮮明にしている。そしてこれらの政策決定にあたっては情報公開と「疎通」が重視され、前政権との違いを浮き彫りにしている。

文在寅大統領はまさに、大統領を退陣に追い込んだ民意を受け止め、「ろうそくデモ」で示された市民の要求をどのように完遂できるのか、歪められた社会正義・公正をどのように回復できるかが問われる政権運営を迫られている。その一つの決意表明が、野党の反対のあるなかで、国連婦人の地位委員会議長や国連事務総長特別補佐官などの要職を歴任した康京和女史の外交通商部長官任命に表れていると言えるだろう。

いま韓国社会は「反日」や「親北」などのイデオロギーの政治ではなく、市民自らが参加し、市民が権力を監視しながら、市民のための政治を実現すべく新しい時代を迎えている。

IMADR
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