ウトロ放火事件と平和祈念館

郭 辰雄

特定非営利活動法人コリアNGOセンター 代表理事

 

     2021年8月30日、午後4時頃、京都府宇治市にあるウトロ地区で倉庫、民家など7棟が全半焼する大規模な火災が発生した。人的な被害はなかったものの建物やウトロ地区の歴史や住民たちの思いを表現した立て看板など貴重な歴史を伝える史料40点以上が焼失してしまった。当初警察と消防は空き家となって倉庫として使われていた建物から漏電によって失火したと見ていたが、昨年12月6日京都府警は放火容疑で22歳の男性を非現住建造物放火の容疑で逮捕した。この犯人はウトロ地区の放火に先立ち、7月には韓国民団愛知県本部と隣接する韓国学校施設を放火しており、10月には器物損壊容疑で愛知県警に逮捕されていた。その取り調べの過程でウトロ地区でも放火したことを自供したため逮捕にいたった。

 

忘れ去られたまち、ウトロ

 京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地。この地区は1940年から日本政府が推進した「京都飛行場建設」に集められた在日朝鮮人労働者たちの飯場跡に形成された集落である。当時在日朝鮮人たちは徴用や貧困から逃れるために飛行場建設の過酷な労働に従事し、やがて日本の敗戦により工事が中断されると、その場に使い捨てのように放置されることとなった。終戦後、多くの労働者は帰国を希望したが、日本の植民地支配により故郷での生活基盤が破壊され、朝鮮半島が社会的にも政治的にも混乱していることや日本政府による財産の持ち出し制限、その他生計の問題などで日本にとどまる人々も数多くいた。
ウトロで暮らしてきた朝鮮人労働者たちとその家族は行くあてもないまま自らの手で不毛の地を開拓し、ウトロで助け合いながら根を下ろして生活を営んできた。
戦後の厳しい差別のなかで在日コリアン集住地域として蔑まれたウトロ地区は、上下水道などの生活インフラも整備されず、大雨が降ると深刻な水害に悩まされ、また生活用水も地下水をくみ上げる劣悪な衛生環境だった。しかし日本の市民たちが、ウトロの現状を「深刻な人権問題」であるとして住民たちとともに生活環境改善を求める運動をおこない、1988年にようやく上水道が敷設され、住環境整備が進むかに思われた。だが戦後に民間に払い下げられたウトロの土地は住民たちの知らない間に転売され、その所有者が「不法占拠」であると立ち退きを求めて裁判を提訴、最高裁まで闘われたが住民たちは敗訴した。しかしウトロ住民の生活を守るための運動は日本国内外に広がり、日本市民、在日コリアン、韓国市民、そして韓国政府が支援をおこない、2007年にウトロの土地の一部を買い取ることで土地問題が解決、日本政府、京都府、宇治市により住環境整備が本格的に進められることとなった。

 

「韓国人が憎かった」~明らかなヘイトクライム

 犯人は自らの放火の動機として、裁判で、「コロナ禍で離職を余儀なくされ、再就職も難しい状況で鬱屈した気持であった」とし、「韓国人に敵対感情があり、彼らが自分たちよりも優遇されていることが許せなかった」と語った。また「韓国人を攻撃すればヤフーなどで取り上げられ称賛されると思った」と語り、一連の連続放火事件が在日コリアンをターゲットにしたヘイトクライムであることを主張した。
そして最初に愛知県で放火に及んだ経緯については、「2019年にあいちトリエンナーレで企画された表現の不自由展が補助金を受けながら反日的な展示をおこなった」と民団施設などとは全く関係がないことを理由に挙げている。またウトロ地区で平和祈念館建設が予定されていることに対して、「不法占拠をしているウトロ住民が日本の税金を使ってこうした施設を建設することは許されない」と考え、展示品などが収蔵されている倉庫に、より発火力の強い仕掛けで放火したと証言している。

 

ヘイトクライムの危険性

 ヘイトクライムの被害の深刻さは脅迫や放火などによる直接的な被害にとどまらない。社会的につくられた根強い在日コリアンに対する偏見や見下し、蔑視などがヘイトスピーチによって増幅、拡散するとともに敵愾心をあおり、「目立ちたい」「憎かった」などの「軽々な」理由で犯罪行為につながるため、誰が被害をうけ、誰が加害者になるかもわからないという恐怖心を与えると同時に、憎悪を拡散し同種の犯罪を誘発しかねない危険性がある。事実、川崎市でも在日コリアンへの執拗なヘイトクライムが続いており、今年4月には大阪府茨木市にあるコリア国際学園が放火事件の被害者となっている。
 ヘイトクライム被害の深刻さから、国連人種差別撤廃委員会は2001年以降の4回の審査において毎回日本にヘイトクライム対策を勧告しているが、日本政府は「刑事裁判において差別的動機がある場合、量刑事情として適切に考慮されているから特別な対策は必要ない」と主張している。しかしながら、これまで在日コリアンはじめマイノリティがターゲットになった刑事事件で、差別、憎悪が犯罪の動機である疑いがあるにもかかわらず、警察及び検察や裁判所は、差別、憎悪という人種主義的動機の有無について、捜査及び立証の対象として取り扱うことに積極的な姿勢を示したことはなく、表面的な被害のみを処罰の対象にしてきた。これは今回のウトロ放火事件でも顕著に見られたことである。

 

ヘイトと闘い、学びあうこと

 犯人逮捕を受けて、一般財団法人ウトロ民間基金財団と京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策を求める会は12月15日に共同で記者会見をおこない、事件の真相究明とともに差別・憎悪を動機とする深刻なヘイトクライムであると主張、後日開催した市民集会でも、①動機を周到かつ適切に解明するとともに、ヘイトクライムの危険性に即した起訴ならびに求刑をおこなうこと、②裁判の量刑判断で差別動機を考慮し、差別解消に積極的に協力すること、③人種差別撤廃条約など人種差別撤廃のための国際条約を国内法で実効化すること、④ネット上の差別扇動などの違法情報に対し、積極的に対応すること、⑤差別の防止・予防のために行政諸機関が相互にネットワークを形成すること、などを求めた。
 しかし裁判では犯人自らが、自分の差別動機を明確にしているにもかかわらず、検察側は「悪感情にもとづく身勝手な犯罪」と主張し、本来注目すべき差別・憎悪感情という社会的課題に対して毅然と主張せず、求刑も懲役4年という深刻な被害と動機の悪質性に比して軽いという印象を否めないものであった。
 8月30日に京都地裁が言い渡した判決は検察の求刑通り懲役4年であったが、その判決ではウトロ住民の被害の深刻性を認め、「偏見と憎悪」による悪質な犯行であると断罪し、この事件が「民主主義社会にあって到底許容できない」と社会的課題にまで踏み込んだ見解を示したことは一定評価できると思う。
 ヘイトクライムをなくすためにはその厳罰化や法律による規制、公的機関が決して許さないというメッセージを強く発するとともに、マイノリティとマジョリティが出会い、歴史や人権を学びあうことが不可欠である。
 ウトロの歴史や運動を伝えるウトロ歴史祈念館には4月の開館からわずか半年で7000人を超える人たちが訪れ学びを深めてくれている。ウトロの裁判をへて、ヘイトを個人の感情の問題ではなく社会全体の構造的課題であるととらえる認識、そしてヘイトに対しては「闘わねばならない」という毅然とした姿勢、これをあらためて考え、共有していくことが重要であることを強調したいと思う。