先住民の副葬品、遺骨および無形文化財の返還

2020年9月の国連人権理事会45会期に、先住民族の権利に関する専門家機構(EMRIP)が表題のレポート(A/HRC/45/35)を提出した。レポートは序論、背景、返還に関する法的・倫理的・政治的枠組み、返還と無形文化財、優れた実践と教訓、勧告および結論の章からなるが、ここでは背景の章を抄訳して紹介する。

 

先住民族の副葬品、遺骨および無形文化財は、奪取と横領の長い歴史を経験してきた。何百年もの間、国家と民間機関が調査を資金援助し、これらの品々を獲得する許可を与え、所有権を主張してきた。歴史を見れば、先住民族の遺骨の取得は表向きには科学的目的のために行われた。例えば、1860 年代、英国の機関は、滅びゆく文化の遺物、工芸品や芸術品、あるいは研究材料としてオーストラリアのアボリジニの遺骨収集を援助した。

その他の事例では、略奪は征服と植民地支配の特徴であった。1860年代、アメリカ陸軍は戦場からアメリカ先住民族の遺骨を運び出し、後に3000から4000の「骨学的標本」を陸軍医学博物館に移した。今では疑問視されている骨相学の研究は、頭骸骨の大きさを測ってアメリカ先住民がヨーロッパ人より知能が劣ると論じだ。1904年から1908年、現在のタンザニア連合共和国の南部の先住民族は、ドイツ植民地支配に対してマジマジ戦争で抗った。その後、彼らの人骨は集団墓地に埋められたり、ドイツに持ち帰えられたりした。

戦争が終わっても、先住民族の土地の権利と境界線は無視される状況が続いているため、先住民族にとって遺骨、副葬品、無形文化財を保護することは難しい。その結果、取得は「合法的」でもなければ「自発的」でもないままだ。

先住民族から持ち出された文化財や遺骨は、しばしば博物館や大学、個人のコレクションに移管され、美術品や工芸品として展示されるか、標本として研究目的に使われてきた。例えば、1993年、ロシア連邦のアルタイ共和国で、紀元前5世紀の女性のミイラ化した人骨が発見された。発見されてから19年間、骨はノボシビルスクの科学研究所に保管されていたが、アルタイ共和国の先住民族はこの決定を不服としていた。2012年、女性の人骨はアルタイに戻され、共和国国立博物館の霊廟に保管された。しかしながら2014年、アルタイ共和国の長老評議会は、その人骨を埋葬するべきだと主張した。その他、ロシア連邦のショル族やハカス族の墓地が石炭掘削により荒らされたが、これらの事例も改善されていない。

略奪された人骨や副葬品が後に元の国に返還されても、先住民族の権利の尊重ではなく、「国益」のために行われることが多い。例えば、2019年、イェール大学が1910年代にマチュピチュから掘りだした4849点の文化財と人骨がようやくペルーに返還されたものの、それらは国の文化遺産であるとペルー政府は宣言した。

先住民族の文化的な品目、遺骨、無形文化財が他者によって不適切に取得、使用、保管された場合、先住民族の宗教、文化、精神性、教育、伝統的知識に関する権利は侵害される。侵害による損害には、人間としての尊厳の喪失、宗教用具がなければ宗教的な実践が困難となること、死者への配慮や儀式用具の世話など文化的義務を果たすことができなくなることなどがある。ハワイへの遺骨返還を先頭に立って提唱したエドワード・ハレアロハ・アヤウ氏が指摘するように、遺骨返還の拒否は、祖先が奪われたという現実認識から生じるカウマハ(トラウマ)に加え、精神的、心理的、知的被害をもたらす。返還問題に取り組む先住民族は、しばしば世代間にわたるトラウマと重い心理的負担を経験する。彼・彼女らがその役目を引き受けるのは、自分たちの文化に対する伝統的な義務を果たし、コミュニティ全体の癒しを促すためである。

先住民族は、数十年にわたり、遺骨や儀式用具そして文化財の返還を求めてきたが、そのなかで多くの課題に直面してきた。まず、先住民族自らが遺骨や文化財の場所を特定し、現在の所有者にその文化的・精神的意義のみならず、奪われた歴史について教育しなくてはならない。また、先住民族の権利に関する国連宣言に確認されている権利と義務に関しての一般社会の知識の欠如など、制度的な抵抗や法的な障壁にしばしば遭遇する。博物館は、そのコレクションに対する保持と保存の注意義務に従って運営されている。同時に、博物館は、寄贈者や一般市民に対して、これらのコレクションへのアクセスを提供する義務を負っている。多くの場合、博物館学、考古学、人類学の専門家は、人権文書や先住民族の現代的願望に関する研修を受けておらず、一方先住民族は博物館の専門家を指導する組織や専門職の規範について詳しくないであろう。

国際的な返還には、複雑な法律、管轄権、政治そして外交にかかる課題を乗り越える必要がある。先住民族にとって、儀式用具、遺骨、無形文化財の所在を世界規模で探し出すのは、 情報、費用及び人的資源の面で困難な作業となる。国立博物館やその他の機関は、自国の先住民族と協力関係にある場合もあるが、先住民族の問題に取り組む国家機関とは関わりがなかったり、他国の先住民族の連絡先を知らなかったりすることがある。これらの問題は、より良い情報の流れと支援をしてくれる仲介の存在によって改善されうる。

●IMADR 事務局