スリランカの「憲法の危機」と人権

小松泰介
IMADR事務局次長 ジュネーブ事務所

スリランカにとって2018年の終わりは約2カ月にわたって政府が機能停止に陥るという平穏とは程遠いものであった。事の発端は10月26日にシリセナ大統領がウィクラマシンハ首相を突然解任し、ラジャパクサ元大統領を首相として任命したことだった。さらに、大統領はウィクラマシンハ首相の政党である統一国民党との連立政権を解消すると一方的に宣言した。大統領の突然の決定に対し、2015年に行われた憲法改正によって大統領が首相を罷免する権限は消失しているという指摘が連立政権を支持する議員をはじめ、メディアや市民社会から噴出した。ウィクラマシンハ首相は、即刻国会を召集して自身への信任を証明するために投票にかけることを要求したが、シリセナ大統領は国会の召集を延期することを通達した。人びとはこの事件を「憲法の危機」もしくは「憲法上のクーデター」と呼び、各地で抗議行動が行われた。

国際社会の対応
一連の状況に対し、国際社会からも懸念の声があがった。英国や欧州連合(EU)、アメリカ合衆国、カナダやインドは、スリランカ政府が憲法と民主主義に基づいて行動すると共に暴力を防ぐよう呼びかけた。国連事務総長も声明を発表し、民主主義と法の支配に基づくプロセスが尊重され、スリランカ政府が人権、正義および和解へのコミットメントを継続するよう求めた。これに相反してシリセナ大統領は11月9日に国会解散の通達をだして火に油を注いだが、同月13日に最高裁判所がこの通達の中止命令を出した。これを受けて14日に国会が開かれ、ラジャパクサ元大統領に対する不信任決議が可決されたが、シリセナ大統領や元大統領らはそれを拒否した。再び16日に不信任決議が可決されたが、シリセナ大統領はこれを再び拒否した。
これまでスリランカの問題に取り組んできたさまざまな人権NGOも行動を起こした。IMADRもアムネスティ・インターナショナルやフォーラムアジアを含む8団体と「民主主義、人権と法の支配を守るためのスリランカ国会の役割」と題するサイドイベントを11月22日に共催した。サイドイベントでは、スリランカの著名な人権活動家に加え、マイノリティであるムスリムとタミル人のコミュニティの代表が参加し、一連の出来事は人権に対する脅威でもあることを各国に訴えた。

「移行期の正義」へ歩み続けられるか?
スリランカは2015年と2017年の国連人権理事会での決議を通じ、内戦時およびそれ以降の人権侵害や戦争犯罪について、真実、正義、説明責任と和解といった課題の解決、いわゆる「移行期の正義」のために取り組むことを約束している。2015年の選挙によってラジャパクサ元大統領と彼の政権が敗北し、シリセナ大統領とウィクラマシンハ首相率いる連立政権が成立したことがこの2つの決議の採択に繋がった。内戦関連の人権侵害と戦争犯罪の責任者の一人であると非難されているラジャパクサ元大統領が首相になるということは、これまでの移行期の正義の歩みが振り出しに戻るだけでなく、前政権を批判してきた強制失踪者の家族をはじめとする被害者や人権活動家が報復の対象になることも意味していた。
この混乱の中、12月13日に最高裁判所はシリセナ大統領が行った国会解散と国政選挙の通達は違憲であるとの判決を出した。これを受けてラジャパクサ元大統領は「辞任」し、16日にウィクラマシンハ首相が「再任」された。ひとまず嵐は去ったが、スリランカの民主主義、人権、法の支配を守る道のりは容易ではないことは明らかである。