移住女性への暴力を乗りこえて 複合差別と当事者女性のエンパワメント

山岸素子
カラカサン〜移住女性のためのエンパワメントセンター
移住連女性プロジェクト

はじめに
1980年代に移住女性が来日するようになってからすでに30年以上が経過している。日本に移住してきた女性たちは、外国人であることと女性であることによる複合的な差別や暴力の被害に直面してきた。
彼女たちは、複合差別を経験しながらも日本社会に定着し、社会を変える新しい力を発揮している。本稿では、筆者が20年余り移住女性に寄り添ってきた経験から、移住女性たちが置かれてきた状況と、当事者である移住女性のエンパワメントと日本社会への訴えを紹介したい。

 

日本の移住女性の現状とDV被害
日本の在住外国人 256万人のうち、51.8%をしめる132万人が女性である(法務省、2017年末)。日本に在住する移住女性は、国際結婚や仕事を目的として移住した人、技能実習生、留学生などさまざまなである。なかでも、国際結婚により日本に定住した女性が大きな比重を占めている。1995年以降、国際結婚数は増加し、2000年以降日本における結婚総数の5%前後をしめてきた。一方で 2000年以降、国際離婚が国際結婚の上昇率を上回る勢いで増加している。NGOに寄せられる相談などでは、その背景に多くの場合、ドメスティックバイオレンス(DV)が存在していた。

 

移住女性へのDV施策の現状と国連からの勧告
2000年に発足した移住者と連帯する全国ネットワークの「女性プロジェクト」では、「移住女性への暴力」を中心的な課題として取り組んできた。背景には、2000年以降、全国各地の支援団体に国際離婚とDVの相談が集中したことにある。NGOの支援経験からは、男女の力関係を背景として生まれるDVが、日本人男性と移住女性の間でさらに高比率で起こること、暴力の形態としても、身体的・精神的・性的・経済的暴力に加えて、母文化の蔑視や日本文化や日本語の強要などの文化的・社会的暴力、在留資格の更新に協力しないことや、オーバーステイの状態に放置するなどの「不安定な地位を利用した暴力」が加わり、深刻な暴力被害をもたらしていることが明らかになっていた。2001年にDV防止法が施行されたものの、移住女性は支援情報へのアクセスも限られ、実態は一部の民間の団体の中で知られるのみにとどまっていた。しかし移住連女性プロジェクトのメンバーや、また被害を受けた移住女性自らが実態を訴え、権利と救済を求めて声をあげたことにより、2004年のDV防止法1次改正の際に、条文に「被害者の国籍、障害の有無等を問わずその人権を尊重すべき」という規定が盛り込まれた。これによって、移住女性への暴力被害の実態と支援のニーズが少しずつ知られ、ようやく支援の光があたるようになったと言える。2005年以降、婦人相談所でのDV被害者の一時保護の割合が日本人を含む全保護者数の8~9%に達し、日本人と比べて外国籍の女性が5倍以上の高比率でDVによる一時保護を受けているというデータも明らかになった。このような中、移住女性が多く居住する一部地域では自治体独自の先駆的な被害者支援が進められる一方で、外国人であることによりいまだに相談にも保護にもアクセスできずに被害が放置されている地域もあり、DV支援の地域間格差が課題となっている。移住女性へのDV被害に関する国による実態調査と、それに基づく支援のミニマムスタンダードの構築が望まれる。
一方で、近年の在住外国人全体の管理強化の流れとあいまって、2012年に施行された改定入管法では、日本人配偶者等の「在留資格取消し」制度が追加された。日本人や永住者を配偶者にもつ外国人が、配偶者との別居などにより在留資格を取り消される可能性が否定できなくなった。移住女性の在留資格の不安定化は、DV被害を深刻化させるため、各国においても予防のための措置が講じられているところである。国連人種差別撤廃委員会は、2014年の日本審査総括所見パラ17「移住女性およびマイノリティに対する暴力」で、改定入管法による在留資格取消し制度の見直しを強く勧告し、さらにこの勧告を、委員会が重大懸念をもって1年以内に政府に追加の報告を求めるフォローアップ項目に指定した。また2014年の自由権規約委員会、2016年の女性差別撤廃委員会からも、移住女性DV被害者の在留資格の保障についての勧告が出されており、政府は早急に関連法制度の見直しをすべきである。

 

暴力を乗りこえる
〜当事者女性たちのエンパワメント
私が、フィリピン出身の女性たちと共に、「カラカサン〜移住女性のためのエンパワメントセンター」の活動を始めて15年余りが経過した。
今年の4月、16回目を迎えた総会のテーマは「エンパワメントのための移住女性の連携」であった。カラカサンに集う女性たちは、過去に国際結婚の中で夫やパートナーからの差別やDVの被害を受け、シングルマザーとなり、その苦しい経験を乗り越えながら子どもを育て、日本社会に定住している女性たちが大半を占めている。総会当日は、多数の移住女性たちが集まり、タガログ語、英語、日本語をまじえて自分たちの経験を次々にスピーチした。
エンターティナーから非正規滞在になってパートナーとの間に5人の子どもを育てながら、日本で極貧の生活を生きていたAさん。カラカサンの支援にたどり着くまで、子どもたちは在留資格の手続きをうけることなく、小学校にさえ通っていなかった。夫から全身を殴られ顔中が腫れあがり、命からがら助けを求めて駆け込んだ警察で、在留資格がないことを理由に日本国籍の子どもたちと引き離されて勾留されてしまったBさん。このような困難を生き抜いてきた彼女たちが語った過去の経験と未来へのメッセージは、参加した多くの女性たちの心を揺さぶった。

 

支え合い、声をあげ、変えていく
彼女たちの多くは、当事者である自分たちがつながり連携して支え合うこと、そして暴力や不平等に対し、社会の中で声をあげることの大切さを訴えていた。カラカサンの女性たちは自らの被害経験をバネに、カラカサンというコミュニティの中での相互の助け合い、移住者や女性の権利についてのセミナーやワークショップの開催、さらに、反暴力や反貧困、移住者の権利を求める集会やデモにも参加し、暴力のない平和で公正な社会を求めて活動を続けてきた。彼女たちの存在は、日本人中心の運動に新しい風を吹き込んだ。また、DV防止法の救済の対象を移住女性に拡げたのは、当事者である彼女たちが自らの声で国会議員や社会でアピールし、ロビー活動を行った結果だった。
子育てを終えた彼女たちは今後、日本社会のなかで何を訴え、どのような変化をもたらしてくれるのだろうか。彼女たちと過ごした年月を振り返りながら、暴力や差別のない社会に向けて彼女たちと共に活動していく未来に思いをめぐらせている。