在日コリアン女性実態調査から見えてきたこと

髙 知恵
アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク
大阪府立大学 看護学研究科

私たち『アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク』(アプロ女性ネット)は2016年1月~5月、在日コリアン女性を対象に、生きにくさについてのアンケート調査を実施した。ここで言う「生きにくさ」とは、在日コリアン女性がこれまで直面してきた民族差別と女性差別という、複合差別の中での生きにくさを示している。
本調査の目的は、在日コリアン女性の生活・就労・意識などの現状を可視化し、国籍、エスニシティ、ジェンダーによる複合的な差別の現状を当事者による調査を通して明らかにするとともに、国連女性差別撤廃委員会、日本政府や自治体への働きかけに活用し、在日コリアン女性の施策の実現に資することである。すなわち、これまで見えない、見ない、あるいは見ようとしなかった女性たちの実態や意識を明らかにし、在日コリアン女性たちが尊厳を持って生きることができる社会を創ることをめざしている。
本調査の対象は、満18歳以上の日本に居住している在日コリアン女性である。国籍(朝鮮・韓国・日本など)にかかわらず、日本の植民地統治の結果、日本居住を余儀なくされた朝鮮半島にルーツをもつ者及びその子孫や、戦後、就労や結婚や留学などの目的で朝鮮半島から渡日し、居住するようになった在日コリアン女性である。

 

調査方法について
調査方法は、友人や知人など、さらにはその人たちの紹介により、調査への参加者を増やしていく方法と、それに並行して在日コリアン関連団体へも依頼し、調査票の配布・回収を行った。最終的に、日本語版とハングル版を合わせて1953部配布し、888部(日本語 840部・ハングル 48部、回収率45.5%)を回収した。その後、集められた貴重なデータを時間をかけて分析し、メンバー間で数多くの議論を重ね、2018年3月に報告書の発行に至った。
本報告書は、「A あなたご自身について」、「B 教育について」、「C 働くことについて」、「D 家庭生活について」、「E 女性と暴力について」、「Fヘイト・スピーチについて」、「G 日本社会における差別について」、「H 自由記述について」の8つの分野に分けた単純集計結果を掲載し、メンバー各自の問題意識に基づき、「教育・名前に関する調査から見えてきたこと」、「就業率・事業規模・年収の官庁・アプロ調査結果比較と在日女性間格差」、「DV体験と年齢、就労収入、パートナーの背景との関連について」、「家庭生活から見えてきた国籍・年齢・ジェンダー意識について」、「ヘイト・スピーチと日本社会の差別について」、「在日コリアンのシングルマザーの今」について、分析結果と考察を載せている。

 

調査から見えてきたこと
本誌では本調査の結果から見えてきたことについて何点か紹介する。対象者の年齢は、「19歳以下」1.9%、「20歳代」15.9%、「30歳代」12.8%、「40歳代」17.9%、「50歳代」24.9%、「60歳代」14.9%、「70歳代以上」6.6%、「無回答」5.1%であり、概ね全世代の女性からの意見が集約できた。「B 教育」では、「民族教育を受けることは当然の権利だと思うか」について、8割以上が当然の権利だと回答した。一方で、民族学校に子どもを通わせることで民族差別を受けた経験での自由記述では、「無償化・補助金の対象から外されたことで経済的にも苦しい状況になった」や「ヘイト・スピーチを聞いて子どもが不安がった」など40件もの記載があった。「C 働くこと」では、現在働いている方(694人)のうち最も多い雇用形態は「非正規職員」44.1%で、次に「正規職員」38.8%、「自営業」10.7%、であった。100人未満の企業規模で働く女性が 76%あり、総務省の「労働力調査」(2016年)の日本女性全体と比較して1.7倍高い。「職場で女性という理由で不快に感じたこと、不利益を受けたこと、差別されたことについて(複数回答)」では、「給与・待遇で男性と同等でない」が最も多く13.3%、次いで「セクシャルハラスメントにあった」が 7.1%、「限られた仕事しか与えられていない」が 6.4%、「昇進・昇格が遅い、または望めない」が 5.8%、などであった。「D 家庭生活」では、実家のチェサ(法事)を「全くしない」(19.9%)家系よりも、「チェサを行っている家系」(66.2%)の方が約3倍多かった。次に、「子育てが男性より女性に大きな責任があると思いますか」では、「そう思う」21.6%、「少しそう思う」28.2%、「あまりそう思わない」25.1%、「そう思わない」21.5%、無回答 3.6%、であり、性別役割分業意識が強いとは言えなかった。ただ、実際に行っている家事・育児の分担率をみると、自分自身の家事分担率は「76%~100%」が 75.4%、「51%~75%」が 9.7%、育児分担率は「76%~100%」が 57.8%、「51%~75%」が 11.7%、と女性が役割の多くを担っていることが明らかとなった。「E 女性と暴力」では、子どもの頃に父親が母親に暴力をふるうのを見た経験のある者が 25%以上あり、いわゆるドメスティック・バイオレンスが行われていた可能性が示唆された。また、夫やパートナーから暴力を受けた経験を持つ女性もいたが、相談先としては「どこにも相談しなかった」が大多数を占めており、特に公的な相談窓口が在日コリアン女性にとってハードルが高いことが分かった。「Fヘイト・スピーチ」では、「見たり聞いたりしたことがある」が 78.2%で、「言葉は知っている」を含めると9割以上を占めた。在日コリアンへのヘイト・スピーチをなくすために必要なこと(複数回答)では、「人種差別禁止法のような法律を策定する」、「メディアなどを通してもっと問題提起する」、「人権教育を推し進める」、「学校で朝鮮半島と日本の歴史を教える」が各々50%以上の結果となった。「G 日本社会の差別」では、「朝鮮学校が高等学校無償化の対象から除外されたこと」を8割以上が差別だと感じており、「慰安婦の歴史を否定し、被害者を侮辱する発言について」は約9割が女性を軽視する差別だと感じていた。「H 自由記述」には、216人からの記述があった。そこには日本社会や在日同胞社会への切実な問題提起」をはじめ、様々な声が書かれていた。
第2回実態調査プロジェクト開始から3年あまり、実際にアンケートの配布を始めてから2年をかけて報告書を刊行することができた。ご賛同、ご協力、ご支援いただいた全ての方々に心からの感謝を申し上げる。在日コリアン女性の問題は、他のマイノリティ女性の問題と連動し、共通する課題を持っている。今回の調査および報告書が、だれもが尊厳を持って生きることができる「ちから」となる資料になることを信じ、これからも「アプロ」(未来へ、前へ)、進んでいきたい。