ダリット女性と部落女性の挑戦

熊本理抄
IMADR特別研究員、近畿大学教員

IMADRと複合差別、部落女性と複合差別
1995年の第4回世界女性会議(北京)を契機に、IMADRは、「複合差別」を明示した活動を展開する。前年に開催された東アジアフォーラムで、IMADRは、差別を社会構造で捉えることの提唱とともに、日本のマジョリティ女性への批判を行なった。そして1999年、北京会議の議論を踏まえ、「マイノリティ女性に対する複合差別ネットワーク」を立ち上げる。以降、2000年の「北京+5」(ニューヨーク)、2001年の反人種主義・差別撤廃世界会議(ダーバン)でワークショップを開催し、複合差別の視点に立った国際提言と国際連帯を模索してきた。
さらに、日本国内のマイノリティ女性のネットワークを中心に、2003年から、女性差別撤廃委員会審査に向けた実態調査、政策提言、政府交渉等を進めてきた。こうした取り組みが、複合差別に関する女性差別撤廃委員会からの日本政府への勧告と、2017年の「マイノリティ女性フォーラム」の立ち上げに結実する。
北京会議は、部落女性の運動を方向付ける新たな概念、つまりエンパワメント概念と複合差別概念を提供した。部落女性の運動経験の発信、部落解放と女性解放の両方の運動への関与、被差別マイノリティ女性の連帯、そうした必要性を実感したと部落女性が振り返っている。北京会議と並んで、部落女性に新しい運動の方向性をもたらした女性差別撤廃条約は、国連人権活動および被差別マイノリティ女性との接点を創り出した。自分たちの経験と実践を可視化し言語化できる概念として、複合差別概念に可能性を見出した部落女性は、国際人権を運動に適用していくようになる。その過程がまさにエンパワメントの過程であった。
「二重三重の差別と圧迫」からの解放を自らの力によって獲得していく必要性は、婦人水平社時代にすでに自覚されていた。部落女性と、日本のマイノリティ女性および国連人権活動の相互連携を進めてきたIMADRが、その媒介役を担ううえで有効視したのが、複合差別概念である。

 

ダリット女性と複合差別
インドのダリット女性も似たような運動の歴史をたどっている。1920年代に、ダリット女性のリーダーが誕生し、政治運動への関与が始まる。そして1990年代、ダリット女性の自立的組織が誕生する。フェミニズムとダリット運動において不可視化された自らの存在を意識化し、支配カースト、ダリット男性、そしてフェミニズムへの闘いを主軸に据えてきた。2000年代に入ると、ダリット運動は、「ダリット女性」を主要課題にし、プラットフォームや作業部会を立ち上げていく。リーダーシップや政治参加を目標にしたトレーニングを開始し、政策提言や意思決定へのダリット女性の関与が高まる。さらに、国内、アジア地域、国際社会、国連といった多様なレベルでのネットワークを発展させていく。とりわけ、国連における政策提言活動はめざましく、ダリット女性の存在と実態を可視化させてきた。これら活動を通じて、根源的な不平等、周縁化、構造的差別に挑戦し続けているダリット女性の活動は、複合差別の視点を主流化させた差別撤廃と国際連帯の一つのモデルである。
もう一つのモデルは、ネパールのダリット女性による草の根レベルのエンパワメント活動である。2011年から、浄土宗平和協会支援金を受け、IMADRは、保健教育と暴力削減に関するプロジェクトを展開している(詳細は『IMADR通信』183/190号参照)。地域に密着したグループをつくり、対話を大切にしながら決定・拡大してきたプロジェクトの有効性を、IMADRの小森恵さんは、活動を振り返りながら重視する。保健教育から始まったプロジェクトは、暴力に対するダリット女性の関心を高め、さらには、人権、女性の権利、法律の理解・活用へと、活動が拡大しているという。
ダリット女性と部落女性が学び合える意義は大きい。それが、絶望的な社会のなかでわたしたちが紡いでいく希望である。

 

今後の展望
1990年代から、国連人権活動、反差別運動、フェミニズムにおいて、「複合差別/差別の交差性」は主流化され、差別撤廃における不可欠な分析・実践課題となっている。この視点に立ち、国内からグローバルな連帯へ、交流から協働へ、さらに国連人権活動、反差別運動、フェミニズムへの提言が求められる。今後の展望を、以下に6点挙げる。
第一に、ダリット女性と部落女性の連帯によるアクション・リサーチ、アドボカシー・リサーチの実施である。複合差別/差別の交差性を主軸にした研究と実践を発展させてきたテーマに、「女性に対する暴力」がある。国連の活動においても、ダリット運動においても、その蓄積には学ぶものが多い。このような共通テーマのもとで、行動や政策提言につながる調査と研究の実施が求められる。そこから普遍性と個別性を見出していくことができるであろう。
第二に、こうした調査とデータ分析に基づいた協働のキャンペーンを行なっていきたい。国連等への協働ロビーイング、国際会議等の開催、ドキュメンタリー映像や出版物の制作など、問題を可視化し発信していくための工夫が求められる。
第三に、差別や抑圧への抵抗運動に焦点を当て、ダリット女性と部落女性が自分たちの思想と実践経験を共有していく必要がある。どのように意識化、組織化したか、その組織をどのようにして権利要求に使ってきたか、差別や抑圧、暴力の構造性にいかに闘ったか、それらを共有していきたい。ここで求められるのは、顔の見えるつながりのもとでの持続可能な関係性である。
第四に、構造的な、不可触制、ジェンダー、世系、カースト、家父長制、経済的社会的地位、差別や抑圧、暴力の絡み合いの中に生きる女性たちのエンパワメントである。インドでは、被差別者が正義を求めて法的手段をとることに対するバックラッシュが激化している。ダリット女性が教育を受け、意識化し、エンパワメントし、権利を主張すればするほど、カーストと家父長制への挑戦とみなされ、暴力が助長される。だからこそ、彼女たちは国際連帯を求めている。
第五に、その国際連帯の模索である。複合差別/差別の交差性アプローチを発展・深化させてきたのは、世界各地のマイノリティ女性の闘いであった。それは、「南」の国に生きる女性による「北」の国の女性運動への告発でもある。ダリット女性と部落女性の連帯の追求は、「南」と「北」に生きるマイノリティ女性の連帯可能性の模索でもある。
第六に、ダリット・部落差別撤廃への新たなアプローチを見出したい。マイノリティ女性が複合差別を訴えると、マイノリティ男性からは「女性の問題」として、マジョリティ女性からは「マイノリティの問題」として周縁化されてしまうことがある。そうであってはいけない。研究や運動における「差別」の議論、「差別撤廃」のアプローチの中心に据えるものである。

 

IMADR30周年シンポジウムで基調講演をした、元国連人種差別撤廃委員会議長のアナスタシア・クリックリーさんの言葉を借りれば、ダリット女性と部落女性の道義的怒りを国際的規範につなげていく、そのための連帯と関与がわたしたちに求められている。