小森 恵
IMADR事務局長代行
OHCHRとIMADRの共催で
世系に基づく差別は世界2億6千万人に影響を及ぼしている。その大多数が集中する南アジアでは、ダリット・コミュニティの多くが、制度的な差別の構造のなか、近代の発展から取り残され、貧困や不安全な環境に脅かされながら生活している。これに対して国連全体で取り組むことを目指し、人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、2017年3月に世系に基づく差別に関するガイダンス・ツールを発行した。これは国連で働くスタッフ向けのいわば手引書であるが、その内容は、2000年から始まった国連と市民社会の協働による調査、研究、議論の成果を体系的にまとめたものであり、すべてのステークホルダーに有用である。
設立当初よりこの差別撤廃に取り組んできた反差別国際運動は、OHCHRとの共催で、ガイダンス・ツールを日本で広めるために、4月9日に国際協議会(大阪)と4月21日にシンポジウム(東京)を開催した。ここでは、9日の協議会について報告する。
協議会は、OHCHR、国連専門家そしてアジアのNGOから合計13人、国内から40人の参加を得て、午前9時30分から午後5時まで開かれた。
基調報告では元マイノリティ問題に関する国連特別報告者であり、この形態の差別に関して2016年に報告書をまとめたリタ・イザック・ンジャエさんが、世界的傾向と日本の部落差別の問題について報告した。
セッション1は、ガイダンス・ツール(以下、GT)の概要についてOHCHRのミシェル・ブーテさんが説明をした。次いでアジア・ダリット権利フォーラムのポール・ディバカーさんが、自身の国であるインドも含め、南アジアの被差別当事者の包摂と参加を確保するためのツールとしてGTが使われることに大きな期待を寄せた。日本からは部落解放同盟の和田献一さんが日本政府による部落差別の国際的認知、すなわち、人種差別撤廃条約が人種差別の根拠としている世系に部落は含まれることを認めるよう促すうえで、GTが果たせる役割があると強調した。次いで戦後の部落解放運動の取り組みについてIMADR顧問の友永健三さんが報告をした。
セッション2は、世系差別と包摂の問題について異なるコミュニティから問題提起を行った。ダリット女性が直面している複合的な差別について、インド・ダリット女性権利フォーラムのアシャ・ゼカリヤさんが、国連ではこれまでダリット女性の置かれている状況について調査、報告、勧告が繰り返しなされてきた。問題はすでに明らかになっているのに、なぜ世界は沈黙を守っているのかと訴えた。次いで、災害とマイノリティの側面より、ネパール地震の経験を踏まえ、ネパール・ダリットNGO連合のバクタ・ビシュワカルマさんが、救援・復興の過程でダリットは後回しにされ排除されてきた事実を報告した。バングラデシュの市民のイニシアティブのザキール・ホセインさんは、人口約660万と推定されるバングラデシュのダリットがおかれている厳しい現状について、生活、労働および社会的保護の側面より報告した。最後に部落解放同盟の片岡明幸さんが、古くからの慣行である部落差別と忌避は現代においても結婚や住宅購入などにおいて表れており、近年はネットでの部落情報の流布が深刻な問題になっていると報告した。このセッションでは、特に、ダリットあるいは被差別部落出身者としてのアイデンティティに関して、それぞれの社会の文脈によって捉え方が異なることが議論の中で浮き彫りにされた。モデレーターは近畿大学人権研究所の熊本理抄さんが務めた。
好事例から学ぼう
セッション3は、被差別コミュニティの社会的参加とステークホルダーの役割を取り上げた。スリランカの人間開発機構のシバプラガサムさんは、英国植民地時代にインドのタミール地方から連れてこられたスリランカ中部の紅茶農園のタミール人コミュニティが、2000年代に勝ちとった市民権の取り組みについて報告をした。フェミニスト・ダリット協会のドゥルガ・ソブさんは、議席の30%は女性というクオータ制が設けられているネパールにおいて、長年取り組んできたダリット女性のエンパワメントが効を奏し、最近の地方選挙において6657人のダリット女性が当選し、県議会で22人、連邦議会で13人が議席をもっていると報告した。インドの正義のための全国ダリット運動のラメッシュ・ナタンさんは、指定カースト・指定部族(ダリットおよび先住民族)に対する残虐行為防止法があるにもかかわらず、この数年の傾向を見れば残虐行為の件数は微増しており、特にダリット女性に対する暴力が深刻であると報告した。最後に部落解放同盟の山崎鈴子さんが差別撤廃とステークホルダーの役割として、自身の愛知県における企業との30年以上にわたる協働の活動について紹介した。それを受けて、大阪同和・人権問題企業連絡会の井上龍生さん、「『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議」の草野龍子さんが、企業、宗教界での長年の取り組みについて紹介をした。このセッションでは、これまで差別禁止の法律や人権回復の仕組みを勝ち取ってきたものの、それらが十分実施されずに不処罰などの問題を生み出していること、さらにはそうした法律や仕組みの運用から被差別者が排除されていることが問題であると確認された。モデレーターはインドNCDHRのビーナ・ジョンソンさん。
セッション4は、包摂と誰一人取り残さないという大きなスローガンのもと、国連、地域、国内の各レベルでどのようにして政策や計画を勝ちとっていくのかについて協議をした。国連に関して、リタ・イザック・ンジャエさんは、SDGs目標は国際人権基準に十分見合ったものにすること、関係国において国連人権条約機関やその他のメカニズムから出た勧告をSDGs実施の指針とすることなど、既存の法律や制度を有効に使った取り組みなどが提案された。ポール・ディバカーさんは、南アジアではダリットが国の開発プロセスにおいて不可視化されており、開発計画は一部の上層部に独占されていること、そのため、実質的平等を生み出すために国内法や国際文書を効果的に実施し、行動計画や予算を取りつけることが必要であると提言した。部落解放同盟の赤井隆史さんは、2016年12月に施行された「部落差別解消推進法」を歓迎しつつ、そこには禁止規定や被害者救済条項はないため、今後は、ヘイト・スピーチ解消法や障害者差別解消法などの個別法に関するマイノリティのネットワークと連携しながら、人権救済法や差別禁止法を求める動きを作っていく必要があると述べた。モデレーターはザキール・ホセインさん。
セッション5は、国際協議会としての宣言案が提案され、参加者が議論を行った。これまでのセッションで提議されてきたことを踏まえた宣言文の最終化を図ったものの、時間切れのため後日主催者がまとめることになった。モデレーターはIMADRの小松泰介さん。なお、宣言文はIMADRのウェブサイトでご覧いただける。
今回、世系に基づく差別撤廃に関して、当事者、関係機関が一堂に会した国際会議を日本で初めて開くことができた。国連ではこの差別に関して20年間議論されてきているが、作業部会、特別報告者あるいは宣言など正式な文書や専門的な機能は何も実現していない。それを共通の目標にすること、さらには、最も被害が集中する女性の状況にすべての注意を向けて取り組んでいくことが確認されたことは大きな収穫であった。