人種差別撤廃基本法を日本で実現させるために

宮下 萌
IMADR会員

4月14日に、外国人人権法連絡会1の総会記念シンポジウム『人種差別撤廃基本法を日本で実現させるために』に参加した。
シンポジウムの第1部では、名城大学教授の近藤敦さんが、「諸外国における外国人の人権保障とヘイトスピーチ規制」と題した講演を行った。
講演の前半では、移民統合政策指数(MIPEX)の紹介がなされた。これは、EU市民以外の正規滞在外国人の権利保障に関する比較調査で、現在では、EU28カ国、ニュージーランド、ノルウェー、カナダ、オーストラリア、アメリカ、スイス、アイスランド、トルコ、韓国及び日本の38カ国が比較調査の対象となっている。4回目のMIPEX2015では、労働市場、家族統合、教育、政治参加、永住許可、国籍取得、医療、保健、差別禁止の8分野についての調査が行われている。全体として、日本は国籍取得、政治参加の評価が低く、教育、差別禁止の評価が極めて低いことがわかった。以下、8分野について、近藤さんが言及した点について紹介する。
(1)労働市場
日本の労働市場への参加については、平均的な評価を上回っているものの、国外資格の認証の促進策が乏しい。また、EU諸国では、非EU市民に永住権と社会扶助の受給権を国民と平等に認めることが基準となっているのに比べ、国民年金や国民健康保険は3カ月以上の居住者しか認められず、生活保護は永住的外国人にしか認められていない点が問題である。
(2)家族統合
入管法では、家族呼び寄せの体系的なコンセプトがなく、どのような場合に家族呼び寄せが可能なのかが明確でなく、行政の恣意によるところが大きい。そのことを象徴する事例として、内縁関係及び日系3世をめぐる退去強制と不法残留幇助の事件を挙げた。また、言語要件、統合要件及び住居要件はないが、生計要件がある。
(3)教育
教育への取り組みへの評価が極めて低いことは上述のとおりである。外国人の児童生徒が就学義務の対象とされていない。また、「国際理解教育」がなされていたとしても、マイノリティとの共生の在り方を考える「多文化教育」は少ない。移民の教育ニ
ーズを反映した教員の訓練や母語教育の提供がないこと、教育現場でのゼグリゲーションの調査がないこと、教育分野での社会統合政策に欠けること、移民の親に対する支援がないこと等様々な問題点がある。国及び自治体は、文化の多様性を奨励し、多様性に応じたカリキュラムや時間割等を制度的に保障すべきである。
(4)政治参加及び永住許可
政治参加も評価が低い。日本では、国、県及び市町村、どのレベルでも外国人の選挙権、被選挙権は認められていない。このような国は対象国のなかでもほとんどみられない。
また、永住許可については、言語要件はないものの、10年間もの居住要件が課せられる国は日本のほかはスイスのみであった。これは、帰化の居住要件が5年間であることとのバランスを欠いている。
(5)国籍取得
国籍取得も、政治参加同様評価が低い。日本では、2世や3世であっても「届出」ではなく、帰化が必要である。また、帰化に際して言語要件は不要だが、5年の居住要件が必要となる。帰化と届出を含めた後天的な国籍取得が外国人登録者数に占める割合である広義の帰化率では、日本は2014年にOECD諸国の最低水準である0.4となった。
(6)医療及び保健
日本語が十分できない患者への有資格通訳者について、実質的な費用が有料であり、「文化適応力」や「多様性配慮サービス」の基準やガイドラインがないという問題点もある。
(7)差別禁止
教育同様、差別禁止の取り組みについての評価は極めて低い。日本には、包括的な差別禁止法がない。ヘイトスピーチ解消法は理念法であって、罰則規定がない。

講演の後半では、各国のヘイトスピーチ・ヘイトクライム規制について紹介された。ドイツの民衆扇動罪、イギリスの人種的憎悪扇動罪、スウェーデンの民族集団脅迫、侮辱罪、フランスの人種扇動罪・侮辱罪、カナダの集団に対する憎悪助長罪、アメリカの州の集団名誉棄損罪、連邦の差別禁止法、判例傾向等が挙げられた。
今後の課題として、エスニック・ハラスメントの防止規定2、多様性憲章3について言及し、地方の取り組みとして、今年3月20日に制定された「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」も紹介した。また、裁判の証拠でも使える状況検査・統計データ、平等保護機関4の役割、様々な制裁の方式、ポルトガルの行政救済5についても紹介された。
まとめとして、①日本では、憲法、人権条約及び民法の一般条項を通じた司法解釈によるしかなく、特別な差別禁止法がないこと、②適用範囲では、入居差別等を禁止する規定がないこと、③実施メカニズムでは、訴訟支援、挙証責任がないこと、④平等政策では、独立した平等機関の設置、公的機関への平等促進」の義務づけ、積極的差別是正措置等の課題を挙げた。最後に、まずは雇用や住居などに関する差別禁止法を制定すべきであるとまとめた。

全体討論会
シンポジウムの第2部全体討論では、近藤さんの他に外国人人権法連絡会共同代表の丹羽雅雄さんと連絡会運営委員の師岡康子さんが登壇者として発言した。
丹羽さんは、「憲法だけでは反人種差別、平等の視点が弱く、新たな規範を作り出す必要があり、それをやるのはここにいる私達である」と力強く述べた。師岡さんは、「理念法である解消法では限界があり、その間にもマイノリティは苦しんでいる。差別禁止を謳う東京オリンピック開催までに人種差別撤廃基本法の制定を実現させたい」と会のテーマを再確認した。また、会に参加した世田谷区議会議員の上川あや議員は、「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」について説明した。
最後に、「マイノリティの権利と尊厳が守られる社会の実現に向けて、日本政府と国会に対し、ヘイトスピーチ解消法の実行化及び人種差別撤廃基本法を速やかに制定することを改めて強く求める。また、これを実現するために、マイノリティおよび平等を求めるすべての人々と連帯し、市民社会に働きかけ、力強く取り組んでいくことをここに決意する」とのアピール文を採択した。
今回のシンポジウムで、いかに日本が人権後進国であり、包括的な差別禁止法がないことをはじめとする様々な取り組みが欠落していることを再確認できた。差別禁止法の制定なしに差別が根絶されることはなく、法制定は喫緊の課題である。

1 多民族・多文化共生社会の実現に向けて2005年12月8日に結成された。詳しくは本誌15ページの「本の紹介」を参照いただきたい。
2 エスニック・ハラスメント(ethnic harassment)とは、ある特定の民族(ethnic)であることを理由とするいやがらせ(harassment)のことである。職場等のハラスメント防止規定に、セクシャル・ハラスメントを並べて盛り込むことが望ましい。
3 ヨーロッパ諸国の企業・自治体では、多様性憲章(Diversity Charter)が掲げられている。Hondaでは、ダイバーシティの推進を「さまざまな属性(国籍や人種、性別、年齢、学歴、障がいの有無等)にかかわりなく、一人一人を違いのある個性として認め合い尊重し、多様な人材がもてる力を存分に発揮することで、企業としての総合力を高めていく」ための取り組みと位置付け、施策を推進している。
4 平等保護機関の役割として、被害者の代理提訴、訴訟参加等が挙げられる。
5 決定の公表、加害者の差別的慣行への譴責、財産の没収、公的機関の許可等に基づく職業・活動の禁止、見本市に参加する権利の剥奪、公的市場に参加する権利の剥奪、加害者の所有施設の強制閉鎖、ライセンスその他の公的許可の停止、公的機関・公的サービスによる給付権の剥奪等が挙げられる。