差別の現場と向き合い、被害者に思いを馳せよう

ニコラス・マルガン
国連人種差別撤廃委員会委員

国際人種差別撤廃デーを記念した取り組みは国連人権理事会(HRC)でも行われた。2018年3月19日、HRCはその第37会期の全体会で人種差別撤廃に関する討論会を、人種差別撤廃委員会のニコラス・マルガン委員を含む3人のパネリストを招いて開催した。以下に、マルガン委員が行ったプレゼンテーションを紹介する。(事務局)

人種差別撤廃委員会を代表して、この歴史的な日に私の思いをお話しする名誉と機会を与えていただいたことに、お礼を申し上げます。また、私たちの社会の未来のためにきわめて重要であるこのテーマを皆さんが選ばれたことを、たいへん嬉しく思っております。
58年前の1960年3月21日、南アフリカの黒人数千人が集まり、同国の黒人マジョリティに対する抑圧的かつ屈辱的な制限に抗議の声をあげました。彼らは、拘禁される危険を冒しながら、移動のために必要な手帳を持たずに集まったのです。警察の発砲により69名が殺されました。この恐ろしい事件がアパルトヘイトとの闘いの転機となり、いまでは国際人種差別撤廃デーとして世界中で記念行事が行われています。

人種差別撤廃条約に世界179カ国が誓約
1960年から数年後、これも50年以上前の話になりますが、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約が採択され(1965年)、いまでは人種主義との闘いを決意した179の国によって批准されています。これは、この闘いが前進していることの明確な表れです。まだ批准していない国々に対しては、ダーバン宣言で求められたように、批准を求める必要があります。ダーバン会議の際に熱望したように、私たちはすべての国による人種差別撤廃条約の批准を達成しなければなりません。今日という日は、私たちを団結させ、そして私たち全員が差別との闘いにおいて同じ船に乗っていることを理解させてくれる、行動のための勧告をあらためて確認するよい機会になると信じます。
私は、人種差別撤廃委員会を代表して、人種主義との闘いに関して締約国が示してきた決意に謝意を表明したいと思います。また、国内人権機関が有する非常に重要な役割もここで取り上げ、強調したいと思います。
そしてまた、人種差別との闘い、寛容、包摂および多様性の尊重の促進を目的とするNGO(非政府組織)および大学等その他の市民社会組織が果たす重要な役割と、民間企業の基本的役割も強調したいと考えるものです。

人種差別は現代的な問題
しかし、委員会の活動が明らかにしているように、人種差別は依然として、世界のすべての国で非常に現代的な問題であり続けています。もっとも、「依然として」という言葉を使うべきではないでしょう。というのも、私たちは人種主義的な言行の増加を目の当たりにしているからです。のちほどお話しするように、私たちには、社会経済的指標と人種主義的事件を特定・公表することにより世界の人種主義の現実をより詳細に知ることができるようになっていないという問題があります。これは、私たちが直面している主要な課題のひとつだと考えます。
ここへ来て、行動のための明確な勧告が必要になっていると考えます。委員会が所見や勧告で強調してきたように、私たちにはより多くの情報が必要です。
私たちに必要なのは、より多くの情報、より多くのデータ、より多くの社会経済的指標です。住居、教育、雇用、保健ケアといった社会的・経済的権利の享受状況について包括的に分析できるようにしてくれる、民族集団や先住民族ごとに細分化されたより精密な診断、より多くの統計および研究が必要なのです。人口の民族的構成および国民以外の住民に関する最新の統計データも必要です。加えて、アイデンティティ調査を実施する際には、自分が属していると考える民族集団を調査対象者が選択できるようにすることが求められます。

教育、雇用、住居、特別措置
教育制度は、本日取り上げている価値観を伝えていくための不可欠な手段です。世界のさまざまな場所で現在教育を受けている子どもたちが、人間の尊厳の原則、そこから派生する自由、平等、友愛、正義および寛容の価値哲学、そして多様性の尊重・評価、共感、連帯へのコミットメント等々を、また人類および人間の集団に関する偏見やステレオタイプをどのように中和していくかを理解すること、このことこそ、5年後、10年後、15年後、20年後、30年後の世界のあり方を左右する決定的要素になるのです。
あらゆる形態・表れ方をとる多くの不寛容─私たちが対抗しようとしているもの─に苦しむ世界で、人間の多様性および複合的社会の尊重、受容および評価が第一の優先課題になるかどうかは、教育制度次第です。
包摂との関連では、雇用の問題も教育と同じぐらい重要だと考えます。委員会は、民族的出自に基づく雇用、失業および労働人口比率についての細分化されたデータを収集することと、失業、職業的隔離、雇用へのアクセス、給与、昇進その他の労働条件における差別と闘うためにしかるべき措置をとることを勧告してきました。
委員会はまた、いくつかの特別措置も強調してきました。雇用、大学進学、議会、政府、司法機関、警察、軍隊において、アフリカ系住民や先住民族、ロマ、その他の民族的・国民的・宗教的集団の代表の人数を増やすこと、すなわちこれらの分野における多様性を強化・可視化することなどです。また、教員が多様な集団の包摂に賛成することも求めてきました。
雇用について取り上げるとなれば、移住の問題にとくに言及しなければなりません。
市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30にしたがい、人種差別撤廃委員会は次のことを奨励しています。すなわち、人種、皮膚の色、世系または国民的・民族的出身に基づいて「市民でない」住民集団の構成員に対して攻撃を加え、スティグマを付与し、または固定観念に基づく類型化もしくは否定的描写を図ろうとするいかなる傾向とも闘うために、断固とした行動をとることです。また、次のような勧告も行っています。
市民でない労働者、とくに市民でない家事労働者がしばしば直面する重大な問題を防止・解決するための効果的な措置をとること。
また、各国に宛てた総括所見で、委員会が移住労働者の労働条件に関する懸念を表明してきたことも強調しておきたいと思います。とくに、農業部門や非公式雇用下で働いている移住労働者や、一時査証の保持者についてこのような指摘を行ってきました。これらの移住労働者は、低賃金で長時間働いており、特別な保護も、職場における衛生安全条件も享受できていません。
委員会はさらに、人種差別と闘うため、労働監察機関の人的資源・財源の強化も要請してきました。
包摂、団結および多様性の尊重について取り上げる際には、教育制度、雇用、住居、保健ケアへのアクセス、あるいはインターネット上の発信および他のメディアへのアクセスが主要な問題になります。しかし、私たちが信じている、そして尊重・擁護しようとしている価値観を何が脅かしているのかもはっきりさせていかなければなりません。条約を批准した国々の多くの政治的指導者が行う発言のなかには、役に立たないだけではなく、光の速さで人種主義的メッセージを伝えているものがあります。私たちは、不寛容や人種主義的行動を煽り、ヘイトクライムを助長するヘイトスピーチを中和・防止するとともに、こうした発言によりよい形で対抗していくための道を見つけ出さなければなりません。

人種主義の存在を認め、被害者に寄り添う
人種差別委員会は、早期警報・緊急行動手続のもとで、人種差別と憎悪を扇動する人種主義的なスローガン、呼びかけおよび敬礼をともなう人種主義的な示威行動への危機感を表明してきました。委員会は、人種主義的な暴力的事件や示威行動をはっきりと拒絶・非難する姿勢が政治の最上層部から示されないために、人種主義的言説の拡散を煽っている可能性があることを憂慮しています。私たちは、地方および国の当局に対し、民族的理由による暴力が繰り返されないようにするために民族的緊張の根本的原因に対して迅速にかつ断固として対応すること、そしてさまざまな民族集団間の、多様性、尊重および包摂性を基盤とする異文化間対話を促進することを促してきました
私たちに必要なのは、人種主義との闘いにおける明確なリーダーシップです。
最後に申し上げます。
私たちは、個人および諸機関の行動に表れている人種主義の存在を否定することをやめさせなければなりません。南アフリカの人々が1951年にそのような否定を拒否した例にならう必要があります。
この世界を豊かにする多様な市民がどのような人種差別、不公正、不平等に苦しんでいるのかについていっそう多くの情報を与えてくれる、より多くの社会経済的指標が必要です。また、どのような人種主義的事件が起きており、それが裁判所でどのように訴追されているのかに関する情報を収集するための、よりよいシステムも必要です。誰が、いかに、どのようにして人種主義に苦しんでいるのかを理解し、被害者に連帯、温かさおよび公正さをもって寄り添えるようにするために、いまよりも進んだ診断が行えるようにしなければならないのです。
ご清聴ありがとうございました。この闘いにおいて私たちを先導してくださっていることにお礼を申し上げます。
翻訳:平野裕二

 

以下、プレゼンテーション後の討論のなかで、マルガンさんが教育に関して行った勧告を紹介する。

■教育の分野において、各国は意識高揚だけにとどまらず、具体的な行動につながるような内容の教育が求められる。
■これまでの教育分野における取り組みの多くは効果的ではなかったことを認め、既存の人的および財政的資源を強化しながら新しい方法を検討しなくてはならない。
■住居の隔離は教育の隔離、学校でのいじめ、不平等などにつながる。アフリカ系住民、ロマ、先住民族、移民そしてさまざまな民族集団はそのことを経験してきた。一部の国ではいじめの問題への対応で成果をあげている。好事例としてそれらから学ぶことができる。
■教科書の記述も重要である。とりわけ、植民地支配と奴隷制の歴史をとりあげていない場合は懸念される。

2001年、南アフリカのダーバンで開催された反人種主義・差別撤廃会議の会場で映した写真。Tシャツの背中には「市民社会が団結して貧困とレイシズムをなくそう」と書かれている。