SDGs到達とガイダンス・ツール

ポール・ディバカー

アジアダリット権利フォーラム議長

 

2015年、ミレニアム開発目標(MDGs)を継続する世界的な開発計画が打ちだされた。それは、誰も排除せず置き去りにしないということに重点を置きながら、説明責任、透明性そして参加の原則を中核においたより現場に近いアプローチをとる開発計画であった。持続可能な開発目標(以下、SDGs)と名付けられたこの計画は、社会的・経済的発展と人権の発展はともに重要であるという認識のもと、開発にむけた全体的なアプローチを打ち立てた。そうすることで、打ち捨てられてきた人口に手を伸ばし、発展と経済的成長を促すという視点が取り入れられた。

何世代にもわたり排除されてきた人びとを包摂するという視点は、国内の開発議論において長く欠如し、影を落としてきた。職業と世系に基づく差別を受けてきた人びともそのなかに含まれる。日本の被差別部落民、インド、ネパール、パキスタンのダリット、バングラデシュのハリジャン、スリランカの農園で働くダリットの子孫、モーリタニアとセネガルのハラティン、サハラ以南の一部のアフリカ人、ヨーロッパのロマ、ブラジルのキルムボラス、そしてイエメンのアル・アクダムは、この差別を受けているコミュニティである。

誰がコミュニティに属しているのか?

多くの場合、これらコミュニティは最も発展が遅れ、貧困に見舞われている。「国連 世系に基づく差別に関するガイダンス・ツール」(以下、ガイダンス・ツール。詳細は2ページ参照)では、「世系に基づく差別は、被差別当事者の尊厳を根本的に損ない、あらゆる範囲の市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利に影響を及ぼすものである。世系に基づく差別は、教育・就労への権利の侵害を煽り、司法へのアクセスを妨げ、女性・女子を標的とする性暴力その他の犯罪の触媒となる。これは、断固とした関心と行動を必要とする大規模な人権問題である。」(ガイダンス・ツール 2.1「世系に基づく差別の規模と形態」日本語版より抜粋)と述べている。

人種差別撤廃委員会の世系に基づく差別に関する一般的勧告29は、カーストおよび類似した地位の世襲制度に基づく差別を受けているコミュニティの特徴として以下をあげている。

  1. 世襲される地位を変更することが不可能であり、またはその可能性が制限されている。
  2. 集団外の者との婚姻について社会的に強制される制約がある。

iii.          住居および教育、公共の場所、礼拝所ならびに公的な食料源および水源へのアクセスに関して私的・公的な隔離が行われている。

  1. ケガレまたは不可触制に言及して、人間性を貶める言説の対象とされている。
  2. 世襲されてきた職業または品位を傷つける、もしくは危険な労働を放棄する自由が制限されている。
  3. 債務奴隷にされている。

vii.         一般的にその人間の尊厳および平等が尊重されていない。

これらコミュニティの女性はジェンダー、階級そして世系をもとにさらに排除され、暴力と不名誉のターゲットにされている。世系を共有する集団の女性たちの多くは、世代にわたり、差別、暴力、人権侵害を経験しており、それにより、社会的・経済的および政治的権利を否定され、発展から遠ざけられてきた。「ジェンダーと世系が交差するとき、この集団が直面する差別はいっそうひどいものになる。このような形態の人権侵害には、とくに性暴力、性的搾取、人身取引、ジェンダーを理由とするその他の形態の暴力、債務労働、強制労働、政治的・経済的・文化的・社会的生活における差別、ならびに、食料、水および衛生設備、保健ケア、教育ならびに十分な住居へのアクセスの欠如または制限が含まれる」。(ガイダンス・ツール2.1.1 「世系に基づく差別はジェンダー中立的ではない」抜粋)

ガイダンス・ツールとSDGsの達成

しばしば世系を共有する集団は、国内的にも国際的にも代表されていない。このことはSDGsの国内実施計画でも見えてくる。指定カーストとして法的に認知されているインドのダリットは、人口の16.4%を占めているにもかかわらず、SDGsの国内指標では区別することなく全体に統合されている 。

SDGsは国連加盟国が2015年から15年間かけて達成を目指す持続可能な開発目標であり、ダリットのコミュニティにとっては発展を目指した取り組みの土台となる。ガイダンス・ツールは、「カーストに基づく差別、および類似した形態の差別を含む世系に基づく差別は、貧困の根底にある主要な構造的要因であり、とりわけ周縁化された集団の不平等と社会的排除の根本原因である。得られたデータにより、経済、社会および人権の指標において、被差別集団と人口全体のあいだに格差があることがしばしば判明している。(ガイダンス・ツール5.3.1「持続可能な開発のための2030アジェンダと持続可能な開発目標」抜粋)

SDGsの目標の多くは、世系差別を受けているコミュニティに直接影響を及ぼすものであり、目標10から16はこれらコミュニティの社会的・文化的発展にとって欠くことができない目標である。ガイダンス・ツールは、「世系を共有する集団を含む、最も周縁化され接触することが難しい集団が、この新しいアジェンダの設計、実施、実施のための資源の配分、そして説明責任のすべての段階に十分参加できるようにすること」(前掲5.3.1)を強調している。

SDGsの主要な側面の一つに細分化されたデータ収集がある。SDGsは、各国による目標達成の可視的評価と進捗状況のレビューを行ううえでデータは重要であると論じている。「不平等と格差を明確に特定し、格差が正しく対処されているかをモニタリングするための手段がとられていること。不平等と差別禁止を特定することは、分析の出発点となるべきであり、それは、科学的知見の生成と国際法が禁止する差別事由のすべてを含むデータの収集と細分化により、すべての形態の差別とその他の不平等の根本原因が特定され、対処されるよう求めている」。 (前掲5.3.1)

ガイダンス・ツールはSDGsを重要な着手点として位置付けているが、世系を共有するコミュニティの発展についてあらためて見直しをして、SDGsの範囲を広げるということはしていない。しかしガイダンス・ツールはSDGsのさまざまな目標や対象に言及している。たとえば、ガイダンス・ツールは第IV章「権利保有者の参加の確保および義務保有者その他の関係者との連携」の半分を、排除、構造的暴力、裁判へのアクセスそして国の機関の説明責任にあてている。これらはSDGsの目標16である「平和と公正をすべての人びとに」に該当する。同じように、世系に基づく差別とジェンダー差別は目標5のジェンダー平等に直接つながる。さらに、貧困とそれが影響を及ぼす健康、教育、飲料水、まっとうな雇用、食の安全、住居、技術、公共サービス提供における非差別は、SDGsの目標1から11において詳細に規定されている。

最後に

ガイダンス・ツールは国連の特定の部署の職員 に向けたガイドラインであるが、その範囲は国家機構、市民社会、公的セクター、開発機関そして地域レベルの仕組みに及んでいる。そのため、ガイダンス・ツールは、世系、カースト、職業そして類似した構造的分類に基づく差別の撤廃に取り組むすべての主体に向けたガイドラインである。

ガイダンス・ツールは特にSDGsの目標を補完するとともに、国内で最もぜい弱で排除されているコミュニティを特定しながら、SDGsのモットーである「誰も置き去りにしない」を支持している。これらコミュニティは人権と発展のために特別なプログラムを必要としている。そのため、ガイダンス・ツールは、SDGsのプログラムを世系差別を受けているコミュニティに移譲し、地球規模の開発プログラムの目標を達成するうえで、触媒的役割を果たすことができる。

 

抄訳:小森恵

 

注:ガイダンスツールの日本語版はIMADRウェブサイト参照