2016年10月18日、沖縄県東村高江における米軍基地ヘリパッド移設工事周辺で抗議活動をしている市民に対して、大阪府警から派遣されている機動隊員が「どこつかんどんじゃ、ぼけ、土人が」「黙れ、こら、シナ人」と暴言を吐くなどの差別的言動をとり、翌10月19日、その内容がインターネットで流された。
同日夜、松井一郎大阪府知事は、「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」とツイッターで呟いた。さらに10月20日午前、記者団の質問に、松井知事は「沖縄の人の感情があるので言ったことには反省すべきだと思う。・・・そのことで個人を特定され、あそこまで鬼畜生のように叩かれるのはちょっと違うんじゃないか。相手もむちゃくちゃ言っている」と主張した。
これに対して沖縄の人びとはもちろんのこと、全国で大きな抗議の声があがった。11月はじめ、人種差別撤廃NGOネットワーク(事務局IMADR)とIMADRは、他団体と協力して抗議と要請の文書を警察庁長官、内閣官房長官、大阪府知事宛に出した。要請文には全部で50団体が賛同団体として名を連ねた。
要請文に示したこの事件に関する懸念を以下に要約して紹介する。
◆大阪府警機動隊員の暴言は、沖縄の人たちを自分たちと異なり、かつ劣った民族の集団とみなし、威嚇し、黙らせようとする攻撃である。公権力、特に機動隊という物理的に市民を抑えることができる圧倒的な力を持つ立場のものが、公務執行中にこのような差別的言動を行なったことは、けっして許されない。
◆そこで使われた「土人」「シナ人」との用語は、アイヌ民族をはじめとして、琉球や中国に対する日本の侵略や支配の歴史の中で、被支配者に対する侮蔑や嫌悪を煽る文脈で使われてきた用語であり、とりわけ、このような文脈で使われた場合は、明らかに相手を見下して貶める差別用語の意味を持つ。
◆その後の松井知事の発言には、両機動隊員の発言が差別煽動発言であり、職務中の公務員が絶対に行なってはならない言動であるという認識があるとは思えないし、受け入れられるものではない。
◆これら言動は歴史的、先住民族やマイノリティに対する構造的差別に基づく言動による攻撃、すなわちヘイトスピーチといえる。その問題の深刻さゆえに、今年(2016年)になって大阪市ヘイトスピーチ対処条例と国のヘイトスピーチ解消法がそれぞれ制定・施行され、法的および行政的な対応が始まっている。こうした状況を鑑みても、法執行職員が施行間もない法律や条例で問題にされている行動に走り、地方自治体の首長がそうした法の精神を軽視するかのように機動隊員を擁護したことは受け入れられるものではない。
◆日本におけるヘイトスピーチおよび人種差別の問題は、2014年7月の国連自由権規約委員会による日本審査および同年8月の人種差別撤廃委員会による日本審査において重大な問題として取りあげられた。特に、自由権規約委員会は「人種差別に対する啓発活動に 十分な資源を割り振り、裁判官、検察官、警察官が憎悪や人種差別的な動機に基づく犯罪を発見するよう研修を行なうようにすべく、更なる努力を払うべきである」と勧告している。
◆人種差別撤廃条約第4条 (c) 項は「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」と規定している。松井知事の発言は4条(c)項が規定する人種差別の助長にあたるのではないか。
これら懸念に続き、要請文は、施行間もないヘイトスピーチ解消法のもと法執行職員や公務員に対して政府はどのような人権教育を行なっているのかについて説明を求めた。さらに、大阪府知事には、自身の発言が公務員による人種差別の助長に当たると考えないのかと問うた。
2016年に制定されたヘイトスピーチ解消法およびヘイトスピーチに関する大阪市条例は、市民の啓発に重きを置いている。しかし、それと同時に、あるいはその前に、人権意識を研ぎ澄ますべきは権力をもつ側ではないのだろうか。