「部落差別の解消の推進に関する法律」制定への意義

池田 清郎(いけだせいろう)

部落解放同盟中央執行委員・和歌山県連合会執行副委員長

 

先の第190回通常国会で提案された「部落差別の解消の推進に関する法律案」は、継続審議となり、9月に始まった臨時国会で成立に向けて本格的に審議されることになった。

 

さて、この法案が自民党を中心にまとめられ提出されてきた一番のキッカケは、昨年(2015年)11月16日に東京で開催された「和歌山人権フォーラム・東京集会」であるといわれている。

 

和歌山県では昨年9月の県議会で法制定に向けた3度目の決議を行なってきた。県議会決議の共通認識として、①「同和対策審議会」答申の意義の再確認、②差別事件が野放しになっている、③人権に関わる他の課題の動向という3点であるが、とくに「Y住宅販売会社差別調査事件」をはじめとする土地差別、「週刊誌による身元調査」「個人情報不正取得・売買事件」やインターネット上での差別書き込みなど、その対策が急務になっていた。さらに安倍政権の「総括的な法制度は考えていない」という政治姿勢もあり、県議会決議は、そうした状況を踏まえ「部落問題の解決に向けた法制度」の実現をめざしたものである。そして、この決議のもと衆参両院、各政党、政府などに要請行動を行うとともに、東京集会の準備がすすめられて、先述の「部落差別の解消に向けた法」の制定を求めた集会が東京・都市センターホテルで開催された。

 

 

この集会は、和歌山県選出国会議員、県及び市町村行政、同議会さらに部落解放同盟県連が結束して「和歌山人権フォーラム(会長・二階俊博衆議院議員、事務局・自民党和歌山県議団)」を結成し、開催されたものである。当日の会場には、各構成メンバーに加えて県内の経済団体、労働組合、宗教、企業の関係者など400名を超える参加者が詰めかけ、主催者いわく「オール和歌山」の状況であった。そして、とくにこの日、記念講演として予定されていた稲田朋美・自民党政調会長(当時)が何を語るのかが大きく注目されていた。稲田政調会長は、小泉内閣当時の「人権擁護法案」に関わる党内議論で反対の立場をとり続けたひとりである。

 

集会の冒頭、二階俊博総務会長(当時)から「(部落差別を)置き去りに前に進むことは許されない」「もう済んだ、終わったと無責任な言葉で解決できない」として「法」制定の必要性が述べられた。さらに、仁坂吉伸県知事が「和歌山県は、部落差別と闘い続ける」と決意を語った。続いて、来賓として出席した部落解放同盟・組坂繁之中央執行委員長をはじめ自民党、公明党、民主党(現民進党)の各代表からそれぞれ連帯と決意の挨拶が述べられた。

 

そして注目のなか演壇に立った稲田政調会長は「今日の差別事件の状況を見たとき、これをこのまま放置できない」とし、「総括的な法律は考えていないが、個別の課題については検討をしていく」「一億総活躍社会とは、すべての国民の人権が保障された社会」として部落問題の解決に向けた法律の必要性を認める考えを示した。

 

この集会は、与党自民党の「法」制定に向けた意思を示すものとして、政府及び各政党へインパクトを与えるとともに、全国に向けたアピールとなった。

 

 

集会の後、以前の「人権擁護法案」などが廃案になった経緯をふまえ、自民党内の環境づくりが慎重かつ精力的に行なわれたといわれている。そして今年2月に自民党政調会のもとに「差別問題に関する特命委員会」が設置され、さらに特命委員会のなかに部落問題小委員会を置き、部落差別の解消に向けた法案整備のための具体的な協議が週1回のペースですすめられた。協議のなかで、続発する差別事件の状況が報告されるが、とくに「鳥取ループ」(示現舎)による「部落調査」復刻版出版事件が大きな問題になり、憤りのなかで「法」の必要性への共通認識がさらに高まってきたといわれている。そして、3月には部落解放同盟などの運動団体と2名の学識者からのヒヤリングを実施し、協議の末、5月に「部落差別の解消の推進に関する法律案」がまとめられたのである。さらにこの法律案は、自民党からの要請で公明党、民主党(現民進党)でも検討されたうえ、自民党総務会・政調会の合同会議で最終確認され、5月15日に三党合意による議員提案という形で衆議院に提出されたのである。

 

 

「部落差別の解消の推進に関する法律案」の提案理由は、「現在も部落差別が存在する」「部落差別の状況が変化している」「部落差別は許されないものであり、解消することが重要な課題」とし、「部落差別の解消に関する基本理念を定め国及び地方公共団体の責務を明らかにする」というものである。

 

そして法案は、第1条(目的)、第2条(基本理念)、第3条(国及び地方公共団体の責務)、第4条(相談体制の充実)、第5条(教育及び啓発)、第6条(部落差別の実態に係る調査)という形でまとめられている。

 

法案の特徴としては、第1点目として「同和対策審議会答申」の基本的な精神が継承されている点である。2点目として土地差別、個人情報の不正取得・売買、差別メールなどインターネットを使った差別事件や「鳥取ループ」などによる一連の差別行為など、「答申」が出された50年前には予想もできなかった差別事件の状況などがふまえられている点である。さらに3点目として「同和」という従来から使われてきた行政用語を使用せず法律の名称を「部落差別の解消」とし部落問題と真正面から向き合う表現になっている点である。そして、従来の時限法(事業法)ではなく恒久法となっていることである。

 

さて、この法律は「理念法」である。国及び地方公共団体の責務を明記してはいるが具体的な施策の内容を示すものではない。また、「答申」で求められていた差別の規制や救済に触れられていないなど、さまざまな課題があり、これは先に成立した「ヘイトスピーチ解消法」とも共通する点でもある。

 

しかし「答申」から50年経過し、この間に法的な空白期間もあって、部落差別の捉え方や現状認識に極めて否定的な意見やバラつきがある。また、政府をはじめ行政の姿勢にも大きな格差があり、全国的には部落問題にこれまでほとんど取り組んでこなかった自治体も存在している。そうした状況のなか、「理念や目的」「国及び地方公共団体の責務」を明確にしていることは極めて重要なことである。また、「相談」「教育啓発」の推進についても当然のことだが「部落差別の解消」をめざしたものである。さらに「実態調査」の実施を明記している。つまり、今日の部落差別の現状を把握したうえで、「答申」の精神や基本的な内容を再確認し、部落問題解決への共通認識(それぞれの立場での再認識と取り組むべき課題)を確立するうえで極めて積極的な意味を持つ法律であるといえる。

 

 

最後に、この「部落差別の解消の推進に関する法律」の実現に向けて奮闘されている国会議員のひとりが「この法案の名称には、何としても部落差別をなくしていくという私たちの決意が込められている」「この法律がすべてではないが、部落差別撤廃へのスタートになると信じている」とその思いを語っていた。そうした思いのもとに、尽力されている国会議員をはじめすべての関係者に心から敬意を表するとともに、今臨時国会で十分協議され成立されることを大いに期待するものである。