講演2:アジアの現場から「ビジネスと人権」を考える─日本企業が進出先で直面しうる人権課題とは

─講演:菅原絵美**

 

グローバルな原則とローカルな課題

近年、「ビジネスと人権」において最も変わったことのひとつは情報開示・情報の透明性です。2008年、海外で環境や社会に対するパフォーマンスも含めて評価している格付け機関にインタビューに行きました。その機関は、「私たちは自ら企業にヒアリングをすることはせず、企業の公開情報のみで判断しています。なぜならば、取り組みが開示されていなければ、何もやっていないことと同じだからです」という姿勢で、当時は衝撃を受けました。しかし現在、世界ではこれが主流になっています。企業は、自ら率先して情報を開示しなければ、問題解決のための行動は何もしていないとみなされ、企業の評価にも直結するようになってきました。

2011年に国連が定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」では、企業の責任に焦点が当てられ、企業は、国内法の規定に関係なく世界のどこで活動をしていても、国際的な人権基準を尊重する責任があるとされました。そして、企業の人権尊重責任を果たすために、以下のことを実現することが求められています。

  • 人権尊重を盛り込んだ基本方針の表明
  • 人権に関する影響を特定、予防、軽減、説明するための人権デューディリジェンス(相当の注意)プロセス
  • 業活動および関係性(バリューチェーン)の人権影響評価
  • 人権影響評価の結果の組織への統合
  • パフォーマンスのトラッキング(追跡評価)
  • 外部へのコミュニケーション(報告)
  • 人権への悪影響を改善するためのプロセス
  • しかし、人権状況はそれぞれの国・地域で異なります。世界のどこで活動していても国際的な人権基準を尊重するためには、国ごとに異なる人権問題に対応をしていかなければなりません。もちろん、国内法と国際的な人権基準が矛盾する場合もあります。そのため、指導原則23に次のような記述がされています。「ある国の国内状況により企業がその責任を完全に果たすことができない場合、企業は、国際的に認められた人権に関する諸原則をその状況のもとで出来る限りぎりぎりまで尊重すること」。実際の労働現場でこれを取り入れていくには、かなりの混乱や戸惑いが起こることが考えられます。

 

労働現場への厳しいまなざし

昨今、労働現場に対する視線はさらに厳しいものになっています。2015年、イギリスで制定された「現代奴隷法(the Modern Slavery Act)」は、全世界での売上高が3,600万ポンドを超える企業で、かつ英国内でなんらかの事業を行っている企業を対象に、自社のビジネスにおいて、さらに自社のサプライチェーン(取引先)において、奴隷および人身取引が行なわれないようにする取り組みの情報を開示するか、または行なっていない場合にはその旨を開示することを求めています。罰則規定はありませんが、多くの企業が報告をウェブサイト上で公開し、日本企業でも報告が出されています。

では、なぜこれだけ情報開示を求められるかというと、金融機関が人権問題に対し、非常に注目しているからです。2013年、韓国鉄鋼大手のポスコ社が、インドで製鉄所建設事業を進めるに当たり、400を超える家族の強制立ち退きを求めた問題が起こりました。ポスコ社が批判を受けるのは当然ですが、それ以外にポスコ社の事業に投資をした融資機関も批判を受けました。そして、その融資機関は事件後、「2011年に発行されたビジネスと人権に関する基本原則に基づいて人権を尊重する」という声明を発表することになりました。また最近、民間金融機関による環境・社会リスク管理の枠組みである赤道原則(エクエーター原則)にも、人権デューディリジェンスが追加されるなど、さまざまな場で人権に対するまなざしが厳しくなってきています。

 

アジアの労働現場における人権課題

インドの事例

インドなど南アジアに存在する、カースト制度の外に位置するダリットは、日本の部落差別と類似した「職業と世系に基づく差別」を受けていますが、企業による差別への対応は日本とインドでは異なります。日本では相手が誰であれ被差別部落出身者と特定することは許されませんが、インドでは反対に、明確な形でダリットの雇用人数や取引数の数値が公表されます。なぜこのような形がとられているかというと、インドはカーストという身分制度は否定せず、カーストに基づく差別を禁止するという法制度になっているからです。誰がどのカーストに属しているかというのは比較的明瞭なため、積極的に数値として表し、アピールをしています。約5人に1人がダリットであるインドでは、ダリット問題は避けては通れない問題になります。

・ベトナムの事例

国際労働組合総連合が出している「グローバル・ライツ・インデックス2015」では、各国の労働基本権の侵害度を5段階評価しており、5に近づくほど、侵害度が高く低評価となっています。アジア・太平洋地域の侵害度は「4.14」という低評価です。その中で、ベトナムは、労働基本権に関する規定はあるものの、公的に認められた労働組合は国家と協力関係にあるベトナム労働総同盟のみになっています。企業内での労働組合設置は認められていますが、ベトナム労働総同盟の傘下となるため、必ずしも独立した存在ではありません。また、労働基本権はベトナム労働総同盟が有するため、同盟が認めたストライキが合法となります。ゆえに、実際に現場判断で行なわれたストライキは違法なものになります。ではこのような国際的な人権基準と異なる状況で企業は労働基本権をどのように保障していけばよいのでしょうか。国際人権NGOであるOxfamがユニリーバとの協力のもとで発行したレポートの中に、ポイントが2つあります。第一に、労働者自身が選んだ代表者を選ぶシステムを作り、労働組合に送りこむこと。第二に、経営者と労働者の間で対話の場を設けること。この2点が国際的な人権基準と国内基準の双方を満たすための方法として重要になってきます。またユニリーバは、情報公開について積極的で、NGOと協力していく姿勢をみせたことにより、高評価につながりました。

・パキスタンの事例

2012年、パキスタンにある工場で火災が発生、窓がふさがれ、避難経路も確保されていない環境だったため260人の方が亡くなりました。この工場ではドイツのファッションブランドKiK(キック)の商品が委託生産されており、前年は生産の70%がKiK商品でした。工場から被害者の救済は十分にはされず、業を煮やした被害者4名は、2015年3月にKiKに対して補償を求める訴えをドイツで起こしました。2016年8月末、裁判所の管轄権が認められ、事件の裁判をドイツで行なうことが約束されました。このように委託先の環境にも気を配らなくてはならないことが公的に認められました。

 

・タイの事例

タイの労働者は、7%~10%は外国人労働者であり、そのうち80%がミャンマーからの移民です。タイ政府は、高技能労働者を歓迎し、低技能労働者は4年間勤めたら解雇、その後3年間は再入国不可という扱いをしています。そのため、4年過ぎた後、不法に滞在しながら働く人びとが増加する結果となっています。

 

まずは人権リスクの把握から

企業の責任として、人権を侵害しないというのが大前提としてあり、その上に人権をより促進していくという企業の役割があります。これは、責任を果たしたうえでの役割であり、責任を果たしていないのであれば評価はされません。まず企業は責任を果たすことが重要です。世界のどこにいても国際的な人権基準を守るためにはまず、進出した先の人権リスクを把握することから始め、労働現場はもちろんのこと、地域住民や消費者の人権尊重へと広げていっていただきたいと思います

**菅原絵美:大阪経済法科大学国際学部 准教授

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