『エデとウンク 1930年ベルリンの物語』

アレクス・ウェディング著 金子マーティン訳、影書房、2016年6月25日発売

川瀬俊治(かわせしゅんじ)

解放出版社

 

書籍を前にしたとき、最初に目に飛び込んでくるのは、ブックカバーだろう。本書は少年が自転車をこぎ、うしろの荷台には少女が揺り落とされないように少年にしがみついている。少年の目はひたすら前を向き、少女は少年を見つめている。背後には家馬車二台が駐まっている(桂川潤さん画)。

 

 

少年と少女は本の主人公、エデとウンクである。エデはベルリンに住む12歳の少年、ウンクは少数民族スィンティの少女だ。スィンティとは、ロマ民族の下部グループ。時代は民主主義憲法の典型といわれたワイマール憲法下の1930年。

 

 

エデは父親の解雇、失業で、「家族を助けたい」と思いアルバイトを探す。そこで出会ったのがウンクだ。エデが身につけてしまった「ジプシー」差別がウンクと出会うことで糺されてもいく。冒頭で紹介した絵は、新聞配達をする一こまであり、ウンクの支援もあり購入できた自転車だ。盗難にも遭うが、馬車を使いこなすウンクの伯父ヌッキが泥棒を捕まえてくれた。スィンティの生活ぶりも描かれている。

 

 

作品はフィクションではない。作者のアレクス・ウェディング(1905~66)がベルリンで9歳のウンクと出会い、ウンクや家族との交流を重ねて31年に刊行するが、33年に大学で吹き荒れた焚書の対象になった。しかし、戦後のドイツでは児童文学としてロングセラーになり、人びとに読み継がれている。

 

 

「ジプシー禍撲滅指令」がワイマール共和国下の29年にヘッセン州で制定されているように、本書で描かれるウンクが闊達にエデと興じる背後にはすでに、「ジプシー一掃」の民族殲滅の法制度が制定されていた。33年1月にナチスが政権を掌握。39年に強制収容所拘禁を可能にする通達を出す。

 

 

ウンクはその後どうなったのか。アウィッツ=ビルケナウ絶滅収容所内「ジプシー家族収容所」に送られ、5歳の娘が病死したことで気が動転。43年7月、ナチス親衛隊の医師により薬物注射で殺害された。殺害されたロマ民族は50万から60万ともいわれるが、ウンクもその一人だった。

 

 

ヨーロッパ諸国ではいまも「ジプシー嫌悪主義」とともに、ロマ民族をナチス犠牲者に含めようとしない歴史忘却主義が根強い。戦争と選民思想が招いた歴史を日本の子どもたちに伝えたい―訳者が何年もかかり翻訳した願いはそこにある。作者は反ナチで生きぬいたエデと戦後再会したことも書いている。少し救われた感を覚えたのは私だけではない。