反差別の運動を私たちの「日常」に

竹内 広人(たけうちひろと)

全日本自治団体労働組合・連帯活動局長

 

過日、ある会合で、1997年に起きた「自治労主催の講座での連合組織調整局長差別講演等事件」の話を聞いた。当時の解放新聞によれば、「自治労講座で講師をした連合の組織調整局長が、『士農工商 犬ワンワン 猫ニャンニャン』などと発言し、連合作成資料にも掲載・配布された事件」であった。

 

当時から自治労本部に在籍していた私にとっても、この事件は忘れがたい事件である。当時から、自治労は部落解放運動に参加する運動団体であるはずで、地域でも様々な取り組みを行なっているはずであった。しかし、この事件の経過のなかでこの発言が差別であり、問題であるという認識を持てた者はごく少数であった。

 

結果としては、資料に掲載されることで改めてこの発言が問題とされるにいたったわけだが、問題なのは、資料に掲載する前から、一部参加者より問題の指摘があったにもかかわらず、自治労本部としてまったく反省もなく、講演のいわゆる「テープ起こし」を流通させてしまったことである。

 

もちろんこれは、「テープ起こし」からその部分を削除すれば済むという問題ではない。必要なことは、その発言が差別であるという認識を共有し、それを反省し、きちんと教訓化していくことであった。それができなかった自治労本部には、「自分たちは差別問題についてよくわかっている」という驕りがあったのではないかと思う。

 

当時、自治労と連合、部落解放同盟との話し合いの中で、「この事件は誰でも起こしうる問題」という認識が示されたことは重要であった。すなわち、この事件は「ひとごと」ではなく、私自身もふくめた労働運動に携わるすべての者の課題であるということである。

 

この事件は、組織的には連合が1999年に、部落解放運動を進める労働組合の集まりである「部落解放共闘」に参加するなど、「反差別を労働運動全体の課題にする」ためのきっかけとなった。また、自治労にとっても反差別の運動を強化するきっかけにもなったのだが、久しぶりに私もこの事件の話を聞いて、改めて反差別の運動について考えるところがあった。

 

一つめは、この事件の経過を反省するなかで、反差別の運動が「担当者」だけのものになっていたのではないか、という指摘がなされていることである。この指摘をうけ改めて、自治労で行われている「自治研活動」のなかに、きちんと人権の課題をテーマとして入れていくことが重要であると考えた。自治研とは、自治労の組合員が仕事として担っている公共サービスについて、その質を高めるために、地方自治のあり方を研究する活動であり、日ごろ組合運動にかかわっている人だけではなく、幅の広い層の参加がある。反差別の運動を全体化する、という点では相応しい活動である。

 

ちなみに最近では、自治研の作業委員会として、「自治体から発信する人権政策」をテーマに、ヘイトスピーチ・デモの法的規制を題材として取り組みを進めている。おりしも2016年5月に、ヘイトスピーチ解消法が成立しており、自治体においても、条例制定が急がれている状況もある。このような状況を踏まえ、条例のモデル案も含め提起し、幅広く議論をまきおこしたいと考えている。

 

またもう一点は、自治労の差別事件も含め、若い世代に反差別の運動をどう伝えていくかという課題である。事件当時30代だった私もすでに50代を迎えている。そのような中で、例えば狭山差別裁判を知らない若い世代にいかに広げていくかということが課題となっている。このため自治労は狭山の現地調査など、青年部を含めた若い層で、交代で参加する態勢をめざしており、今年からは自治労本部新人スタッフの参加の定例化も行なった。

 

このように、現在も一歩一歩、少しずつではあるが取り組みを進めている。自分たちの「わかっているという驕り」を捨て、反差別の運動を私たち労働運動の「日常」とする、というテーマは、おそらく永遠のテーマであるし、終わりはないのだろう。今後も出来る限り、具体的な実践を重ねていきたいと思っている。