日本はアジア太平洋の人権優等生なのか?

小松 泰介(こまつたいすけ)

事務局次長 ジュネーブ事務所

 

ジュネーブで開催された国連人権理事会33会期中の9月13日に、2017年から2019年までの人権理事会の理事国になることを立候補した国々の公開討論イベントが、NGOとカナダ、アルバニア、モンゴルの政府代表部によって開催された。人権理事会の理事国は47か国で構成され、3年ごとにアフリカ諸国、ラテンアメリカおよびカリブ諸国、アジア太平洋諸国、西ヨーロッパ諸国その他、そして東ヨーロッパ諸国のそれぞれのグループから均等に選出される。国連総会の投票によって選出される理事国は人権理事会での決議への投票権を持ち、またこれらの理事国から1年交代で議長1名と副議長4名が選出される。理事国の選出にあたってはどのように立候補国が国内および世界の人権の保護と尊重に取り組んでいるのか、そして理事国となった際にどのような貢献を果たすつもりなのかを表明した誓約が考慮される。

2017年にはアジア太平洋グループの理事国の椅子が4つ空席になり、そこに日本、イラク、マレーシア、サウジアラビア、中国が立候補している。公開討論には日本、ブラジル、クロアチア、グアテマラ、ハンガリー、イラク、チュニジア、アメリカ合衆国およびイギリスが参加し、日本からはジュネーブ政府代表部の嘉治美佐子大使が出席した。公開討論の冒頭で大使は、二国間による人権対話を重視するとしつつ、人権理事会での北朝鮮やカンボジアに関する決議の牽引や、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によるイラクやブルンジでの現地プロジェクトへの出資を通して日本は世界の人権状況の改善に取り組んできたと強調した。また、NGOなどの活動を保証するための「市民社会スペース」に関する決議への賛同を通して市民社会との協力を重視していると発言した。会場では日本の人権政策を紹介したパンフレットが配布された。国内における政策として、①ジェンダー平等(第4次男女共同参画基本計画)、②障害者(障害者権利条約の締約に伴う国内法の整備(障害者基本法(改正)、障害者総合支援法、障害者差別解消法、障害者雇用促進法(改正))、③子ども(「第三次児童ポルノ排除総合対策」および改正児童買春・児童ポルノ禁止法)、④高齢者(定年の延長と高齢者虐待の防止)、⑤人身取引対策(「人身取引対策行動計画2014」)、⑥先住民族(総合的かつ効果的なアイヌ政策を推進)、⑦ハンセン病(「ハンセン病人権啓発大使」)に関する取り組みが紹介されていた。

続いて、大使は会場とツイッターからの質問に答えた。最初に会場から各国へ質問が投げかけられ、日本に対しては筆者が質問した。筆者は、「条約機関および普遍的定期審査(UPR)からの繰り返しの勧告にもかかわらず、日本はAステイタスを持った国内人権機関の設置、包括的差別禁止法の制定、人権侵害の被害者の最後の救済となる条約機関への個人通報制度の受託のいずれも行なっていない。これらの人権メカニズムを持たない国がいったいどのように世界の人権の保護と促進に貢献しようと考えるのか。理事国となった暁には日本は長すぎる間、検討中とされてきたこれらの国内人権保護メカニズムを設置するのか」と、質問した。また、ツイッターで募集された質問からは、「デビット・ケイ特別報告者の『沖縄における抗議に対する過度な制限』に関する懸念に日本はどう答えるのか」という質問が選ばれた。大使は筆者の質問に対し、「個人通報制度に関しては多様な意見に慎重に耳を傾けながら検討中である。国内人権機関も検討である」と答えた。また沖縄の質問に対して、「懸念については精査している最中であると特別報告者にも伝えている。表現の自由は沖縄でも日本のその他の地域でも守られている」という旨の回答をした。これらは人種差別撤廃委員会や自由権規約委員会といった条約機関審査でも繰り返された紋切り型の回答であり、非常に落胆させられるものであった。これまで繰り返されてきた政府答弁を踏まえ、筆者はあえて国内人権機関や個人通報制度は「長すぎる間検討中とされてきた」という指摘を質問に入れた。これには数十年にわたって「検討中」と言って先送りにしてきた政府の姿勢を批判する意味が込められている。しかし、嘉治大使は踏み出した発言をすることが出来ず、理事国になっても日本はこれらのメカニズムを設置する予定がないことを暗に表明してしまっている。また、沖縄に関する質問についても、米軍基地やヘリパッド建設に反対する抗議参加者に対して、過剰な数の機動隊員の投入による強権的な取り締まりが行なわれている現状を全く反映できていない。これには国際社会の目は日本の人権問題に向いていないとたかをくくっている印象がした。

その後、会場とツイッターから横断的なテーマ別の質問がなされ、政府代表は任意で回答した。ここでは「安全保障と人権に関連した取り組み」、「子どもの権利保護と促進への取り組み」、「人権理事会での市民社会との協力」、「LGBTの人びとの人権保護のための取り組み」に関する質問があがった。日本はこのうち3つに回答し、安全保障と人権については「国連安全保障理事会と人権理事会双方での北朝鮮に関する決議の提出」、市民社会については「市民社会スペースに関する人権理事会決議の共同作成国であること」、LGBTについては「性的指向と性自認に関する人権理事会決議への賛同およびLGBT問題に関する政府内作業部会」を通して取り組んでいると回答している。

これらの回答のうち、市民社会との協力に関しては非常に疑問が残る。なぜなら筆者は他の人権NGOからどうしたら日本政府代表部の外交官と面会できるのか聞かれることがよくあるからである。北朝鮮やカンボジアなど日本が人権問題を指摘して決議案を出している国に関しては積極的に面会するが、それ以外の国となるとめったに面会することができないという不満を様々な人権NGOから聞いている。言い換えれば、日本政府は自国にとって必要な場合しか人権NGOと協力していないということである。果たしてこの姿勢は本当に市民社会と協力していると言えるのであろうか。そもそも面会を希望する人権NGOは国際社会における日本の影響力を評価した上で、それぞれが取り組む国の人権状況改善への働きかけを期待して日本政府にアプローチしているのである。そのような期待は喜ぶべきことであり、その期待には真摯に応えるべきである。しかし、実際には日本政府は人権NGOに距離を感じさせている。

2017年からの理事国の4つの空席を争っているのは日本を含めた5ヵ国である。単純計算で当選の確率は80%である上に、国際社会に対してアジア太平洋地域における人権優等生としての印象を与えている日本はおそらく当選するだろう。しかし、この低い競争率の選挙に当選するということは日本の人権政策が特に高く評価されたということでは決してない。本当に世界の人権向上に取り組む意思があるのであれば、日本は長年の懸案である国内人権機関の設置と個人通報制度の受諾をはじめ、人種差別撤廃委員会を含むこれまでの条約機関からの勧告の実施を迅速に進めるべきである。また、国内・国外にかかわらず市民社会と建設的に協力して模範を示すべきである。アジア太平洋地域には人権理事会において徐々に存在感を強め、人権NGOとも積極的に対話する国もでてきている。日本は今の姿勢のままではそのうちに、アジア太平洋の人権優等生のお株を奪われることになるだろう。