講演1.ビジネスと人権:国際社会は何を求めているのか

─講演:髙橋宗瑠**

 

ビジネス・人権資料センターの活動

Business and Human Rights Resource Center (BHRRC)(ビジネス・人権資料センター)はロンドンに本部を置く国際NGOで、2002年に設立されました。ニューヨークに支部があり、日本を含む世界14か国に現地代表がいます。私は初の日本代表として2014年6月に着任しました。当団体はアムネスティ・インターナショナルで仕事をしていた人たちが、ビジネスと人権において調査とアドボカシーを行なうことを目的に設立しましたが、すでにそうした活動を行っている団体は世界に多数あることがわかり、では、「ここに行けばビジネスと人権の情報がすべてある」というワンストップセンターにしようということになり、調査とアドボカシーをしている団体が出した声明や報告などを集めています。例えば、あるNGOがある企業のビジネスと人権に関するレポートをネットで公開している、その企業に当センターからアプローチをして、レポートにこうした指摘があるがそれについて御社の情報や意見をいただきたいとお願いをし、いただいた回答をNGOのレポートと同列に当センターのサイトで紹介する。NGOが出している企業の人権に関する問題や肯定的な結果など、収集できる情報をすべて集めて当センターのサイトにあげています。また、当センターの定期的なネットニュースの購読者は世界で1万5千人います。

こうした方法で、これまで3000社近いグローバル企業にアプローチをしました。回答率は年々上がっており、統計を取り始めた2006年から現在まで、平均74%の企業から回答をえています。企業から回答がくれば当センターのウェブサイトにそのまま掲載するので、リアルタイムで見ることができます。日本の企業から日本語で回答を受けた場合、そのまま日本語でアップし、英語の要約だけつけます。

日本代表になって2年が過ぎましたが、日本の企業とやりとりをしていて感じることは、日本国内の同業他社などの間での立ち位置ばかりに集中し、国際的な観点が不足しているという点です。英語で言う”deck chairs on the Titanic”で、タイタニック号の甲板のいい場所に椅子を並べようとしているが、船が沈みつつあることを知らないという意味です。

 

市民としての企業に求められているもの

 企業の意識は、かつての利益追求から法律を遵守するコンプライアンスに変わりました。しかし、国内法と国際人権基準が完全に合致している国は世界のどこにもなく、国内法だけ守っていればよいというものではなくなりました。そこに企業の社会的責任、すなわちCSRが登場しました。しかしCSRは定義がなく、明確な法的基準もありません。2011年に国連指導原則、いわゆるラギー原則が作られ、企業は人権を守り、人権侵害に加担しないという明確な基準が打ちだされました。このように時代の変遷を経て生まれたラギー原則は現時点における到達点と言えます。

企業のCSRレポートには、途上国で寄付をした、学校を建てたなどの慈善活動の報告が多く見られます。もちろん評価すべきことですが、人権を守る活動とは異なります。人権尊重を掲げるラギー原則の評価基準は人権侵害をしない、すなわち”悪いことをしない”ことであり、”いいことをする”ことではないのです。よく企業は“いいことをしたのだから、そちらを評価してほしい”と言います。しかし人権NGOの目から見れば、いいことをしたから悪いことは相殺されるとはなりません。CSRで積極的にいいことをするのは続けていただきたいですが、問題は悪いことをしたかどうかです。「できるだけ人権に悪い影響を出さないビジネス活動をする」、これがラギー原則の根本的な考え方です。

 

日本企業と人権

Know the Chainという国際NGOは、電子機器メーカーのサプライチェーンにおける強制労働や人身取引に関して公開されている情報をもとに点数をつけ、ランク付けをしています。残念ながら日本企業は軒並みランクが低く、一番高い点数が日立の100点満点の34でした。

では、日本の企業は遅れているのか、ひどいことをしているのか。私は必ずしもそうは思いません。しかし、日本の企業はNGOの問い合わせを無視しがちであり、情報提供に熱心ではありません。素晴らしい人権方針を作っても公表しない。いくら優れた方針でも公表されないと意味がないし、存在しないも同然です。こうしたことが日本企業のランクを下げています。

また、日本の企業は横並び意識が強く、同業他社がどこまでやっているのか、自社だけ目立っていないかと気にします。同業他社がApple やGoogleのように先進的な取り組みをしている場合はよいですが、日本の場合、同業他社は圧倒的に国内の企業です。周囲をみて、「うちもそれほどしなくても」という話になります。今後もこれが続くようであれば、日本企業の評価はさらに下がります。まさにタイタニック号で、船が沈みかけているのに周囲と歩調を合わせることしか見えていません。そうした意味からも情報公開は重要です。公開する情報は完璧でなくてもよいのです。途中の情報でもよいので公表すべきです。今、それに取り組んでいるということを知ってもらうのが大事です。

もう一点、NGOを事業を行なうためのパートナーとして見ていただきたい。NGOはけっして会社を潰そうとしてアプローチするのではありません。NGOとの話し合いは重要です。また、企業の多くが話し合い途中の情報は公表しないでほしいと言いますが、NGOは途中であれ情報を公表するのが仕事です。そうしたNGOの役割を理解していただきたいです。企業とNGOが完全に合意することは難しくても、両者が真摯に話しあっている姿勢を積極的に世界に見せることが重要です。

最近の事例ですが、熱帯林保護活動をしているレインフォレストアクションネットワークが、熱帯林関連の主要10社のコーポレートガバナンスに基づくESG(環境・社会・ガバナンス)報告を機関投資家のために評価しました。日本の企業の報告は詳細な情報が抜けていて不明瞭であり、投資家にとって不十分であると評価されました。また、日本に輸入される材木のうち、12%は違法伐採されたものであり、他の国と比べて圧倒的に高い割合です。これに関して日本には法規制がなく業界の自主規制にまかせられています。自己申告制になっていて、詳細を記述する必要はありません。日本政府の規制に従っているだけでは駄目です。国際基準をクリアしなくてはいけません。いかに人権に負の影響をださないようにするかが重要です。

BHRRCは投資家団体や研究機関と一緒になり、コーポレートヒューマンライツベンチマークを作成する執行委員団体の一つです。企業の取り組みを数値化し、「見える化」して欲しいというのは市民社会だけでなく、むしろ機関投資家の要望となっています。今までも他の団体がいろいろな数値化を実施していますが、それらはrace to the bottom、最低の水準への競争でなく、race to the top、人権保護のより高い水準を目指す競争を促しています。人権を会社のブランド力として認め、取り組みを強化して、なおかつそれを広報するべきです。

最後に、日本は2020年に東京オリンピックというメガスポーツイベントを控えています。開催国の人権状況は今まで以上に厳しく注目されます。これが日本国内の人権状況を真剣に考えるきっかけになればよいと思います。

**髙橋宗瑠:ビジネス・人権資料センター日本代表、IMADR特別研究員