スリランカ新政権の人権保障へのおぼつかない歩み

小松 泰介(こまつたいすけ)

IMADRジュネーブ事務所 国連アドボカシー担当

 

去年の熱波とはうってかわり、今年のジュネーブは気温が安定せず、肌寒い日の多い夏になっている。そんな中、6月13日から人権理事会32会期が開催された。

 

昨年9月の人権理事会30会期において、内戦時の大規模な戦争犯罪、およびそれ以降に行なわれた人権侵害に向き合うことをスリランカ政府自らが約束した「スリランカにおける和解、アカウンタビリティと人権の促進」に関する決議 (A/HRC/30/1)が満場一致で採択された。 この決議は強制接収された市民の土地の返還、治安部門の改革、憲法の改善、内戦時の犯罪に対する調査機関の設置など、政府が取り組むべき具体的な措置を列挙すると共に、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が政府による取り組みの進捗を1年半にわたってモニターし、2016年の人権理事会32会期での人権高等弁務官による口頭報告(口頭アップデート)、そして2017年の34会期での全体報告書の提出も求めている。

決議が採択された時、スリランカの市民社会や人権活動家および国際NGOは、長年放置されてきた内戦関連の人権問題に政府がやっと取り組むのだと前向きな気分であった。しかし、9カ月が経過して振り返った今、スリランカ政府の歩みは順調とは決して言えない。2015年12月に政府は失踪者の所在の解明、真実と正義の追求、賠償のための仕組みをデザインするための作業部会を設置し、これまで第一線で活躍してきた人権活動家らを事務局に任命した。この作業部会の主な任務は被害者やその家族を含む一般の人びとの要望の聞き取り(コンサルテーション)を全国的に行ない、それを反映した勧告を盛り込んだ報告書を政府に提出することである。しかし、設立時から作業部会に対する資金と人的資源が不足していることや、どのようなコンサルテーションを行なうかといった準備段階での議論に時間がかかり聞き取り開始が遅れたこと、作業部会の報告書が政府の取り組みに実際に反映されるのかが不明確なことなどが批判を招き、前途多難な幕開けとなってしまった。

 

残念ながら政府のその他の取り組みも満足のいくものとは言えない。政府は決議の約束の一つである国際人権条約の強制失踪防止条約を今年5月に批准したが、国内法において強制失踪を犯罪とするという条約の規定の実施を怠っている。また、前政権下において政府を批判するジャーナリストや人権活動家、マイノリティであるタミル人コミュニティの抑圧に利用されてきたテロリズム防止法も依然として運用されており、今年になっても同法下での恣意的逮捕・拘禁が続いている。市民への土地の返還のペースは遅いばかりか、政府は同時に新たな土地を接収していると現地のNGOが報告している。また、2006年にフランス系国際人道NGOの「飢餓に対する行動(Action Contre La Faim:ACF)」の現地スタッフ17人が殺害された「ACFケース」や、東部トリンコマリーのビーチで5人のタミル人高校生が殺害された「トリンコ5ケース」など、すでに十分な証拠や目撃者が存在する有名な事件は、手付かずのまま一向に調査は進んでいない。加えて、新たに制定された証人・被害者保護法はその内容が不十分であると指摘されており、人権侵害の被害者やその家族は、政府が加害者の訴追と被害者の救済に取り組む意欲があるのかといった不信感を拭えないでいる。さらに、決議においてスリランカ政府は移行期の正義のための司法機関にイギリス連邦および海外の判事、検察官、弁護士、捜査官を含めることを約束したにもかかわらず、大統領は繰り返し海外の専門家は必要ないと発言している。これらの「有言不実行」もしくは不十分な実行によって、懸念が増している。

 

スリランカ政府の大きな挑戦の一つとして、今も人権侵害の加害者や責任者が在籍する治安部門の改革がある。人権問題の解決にはこれらの加害者の除籍と訴追が不可欠であるが、前政権下において軍部は肥大し、商業や観光業といった経済活動にまで従事するなど、社会における軍の影響力が大きくなってしまっている。また、多数派のシンハラ人の多くにとって軍隊は人権侵害の加害者ではなく「テロリズムから国を守ったヒーロー」であり、政府はシンハラ人の反発を招かずにどう治安部門を改革するか頭を悩ませている。また、かつて圧政を行なったマヒンダ・ラジャパクサ元大統領はシンハラ人から根強く支持されており、政権への返り咲きを虎視眈々と狙っている。現政権は移行期の正義の取り組み方を誤ってラジャパクサ元大統領の勢力に足元をすくわれることを恐れるあまり、大胆な行動を取れずにいる。

 

このような沢山の懸念がある中、人権理事会32会期の最終週である6月29日、人権高等弁務官による口頭報告が行なわれた。まず高等弁務官は今年2月の自身のスリランカ訪問に対する政府の惜しみない協力に感謝すると共に、テーマ別の特別手続き担当者から公式訪問の要請があった場合はすべて受け入れるというスタンディング・インビテーションの宣言を政府が2015年12月にしたことを歓迎した。強制失踪作業部会の2015年11月の公式訪問に続いて、拷問に関する特別報告者と裁判官や法律家の独立性に関する特別報告者が今年4月に共同公式訪問を実施し、10月にはマイノリティ問題に関する特別報告者、来年初めに表現の自由に関する特別報告者の訪問が行なわれることが報告された。また、新憲法制定のために憲法制定評議会が復活し、広く公の協議が実施されたことや、強制失踪防止条約の批准および失踪者委員会設置のための法案の提出が歓迎される一方で、高等弁務官はより迅速な前進が必要であると警鐘を鳴らした。迅速な土地の返還やテロリズム防止法下で拘禁されている人びとの解放、国際人権基準に見合ったテロリズム防止法の改正、証人保護法の強化なくしては、マイノリティのコミュニティの信頼は構築できないと強調した。また、有名な事件の調査および加害者の訴追も信頼構築に寄与すると付け加えられた。さらに、移行期の正義のための取り組みを系列立てて行なうと共に、公の情報キャンペーンを展開して、広く一般にその取り組みを周知して透明性を高めることが、スリランカ政府に求められた。これらの取り組みなしでは、被害者や市民社会の有意義な参加は不可能であることが強調され、OHCHRも技術支援を継続することが報告された。

 

この口頭報告の前週の24日、IMADRは「スリランカのアカウンタビリティと良い統治」と題したサイドイベントを行なった。スリランカの市民社会およびタミル系ディアスポラの人権NGOから4人の代表が登壇し、現在スリランカが直面しているさまざまな問題とその原因を国際社会に訴えた。テロリズム防止法の代替えの法案文が公開されていないこと、移行期の正義実現の要となる司法機関に前政権からの人員が在籍していること、政権交代のきっかけとなった汚職の調査訴追が進んでいないこと、法務長官部門がこれらの取り組みを遅らせていること、依然として仏教および「シンハラ・オンリー」の意識が根強いこと、設置予定の失踪者委員会の調査がどのように刑事訴追に繋がるのか明確でないことなどが指摘された。スリランカ政府の取り組みが、実際にどのように被害者や市民社会に受け止められているのか、国際社会の関心は高く、サイドイベントには各国の政府代表部が参加し、その中にはアメリカ合衆国の国連人権理事会大使の姿もあった。政権交代以降、スリランカは「民主化」されたとして徐々に人権理事会における国際社会の注目が離れることのないよう、ジュネーブ事務所としての取り組みが求められている。