なぜいま新たなアイヌ施策が必要か

阿部 ユポ(あべゆぽ)

北海道アイヌ協会副理事長

 

激しさ増すヘイトスピーチ

2年前、北海道議会で「アイヌが先住民族かどうかには非常に疑念がある。グレーのまま政策がすすんでいることに危機感を持っている」と発言した議員がいた。

これに対し高橋はるみ北海道知事は、「アイヌ政策を重要課題として取り組んでいる地元の知事として大変残念だ」と批判し、「いわゆる和人との混血が進んでいる事実はある」としながらも、「アイヌとしての文化や伝統、自然観を大切にしている多くの方がいる現実がある」と指摘した。さらに、アイヌ民族と他の国民との間の「生活や教育面の格差は厳然としてある」「国にたいしアイヌ文化の維持発展や生活面への支援を求めている」と強調した。政府もアイヌ民族を先住民族と認め、一定の取り組みを行なっている。にもかかわらず、アイヌ民族の歴史も日本の歴史も勉強もせず、知ろうともせず、アイヌ民族に対する侮蔑やヘイトスピーチは以下のように激しさを増している。

「アイヌは自然に日本国民に同化したんでしょう」「あなたアイヌ語話せるの」「どういうところに住んでるの、何食べてるの」「北海道は昔から日本の国ですよ」「未開の地を開拓して切り開き、住まわせてやってるのに」「いやだったら出て行って下さい」「(アイヌ民族を先住民族と認めた)国会決議は歴史的事実に反した野蛮国宣言だ」…。

欧米ではヘイトスピーチに対処する法律がある。しかし日本の現実は、「ヘイトスピーチ解消法」が成立したとはいえ差別は減っていないし、罰則もない。歴史を歪曲し、事実を伝えないのは犯罪である。

「先住民族の権利に関する国連宣言」(2007年9月)の第8条第2項は、国家がとるべき「行為の防止と是正措置」の一つとして、「彼(女)らに対する人種的または民族的差別を助長または煽動する意図をもつあらゆる形態の宣伝(デマ、うそ、偽りのニュースを含む)」とある。これは日本政府も賛成するなかで採択されたものだ。

 

日本による侵略と同化政策の歴史

 アイヌ民族問題は、日本の近代国家成立過程で引き起こされた恥ずべき歴史的所産であり、日本国憲法で保障された基本的人権の問題である。

アイヌ民族は、北海道、樺太、千島列島を「アイヌモシリ」(人間の住む静かな大地)として、江戸幕府や松前藩の侵略や圧迫と闘いながらも、固有の言語と文化を持ち、共通の経済生活を営み、民族として独自の歴史を築いていた。しかし、近代的統一国家へ足を踏み出した明治政府は、先住民族であるアイヌ民族と何の交渉もなく、アイヌモシリ全土を「持ち主なき土地」「無人地・無主地」として、一方的に日本の領土に組み入れ、ロシアとの間に「樺太・千島交換条約」を結び、樺太・千島に住んでいたアイヌ民族安住の地を強制的に棄てさせた。激しい和人たちの流入による乱開発でアイヌ民族の生存そのものが脅かされ餓死者まで出すほどだった。

「北海道旧土人保護法」(1989~1997年)によるいわゆる「給与地」に縛られて居住の自由や職業選択の自由を奪われ、またアイヌ語の禁止、日本語の強制など、差別と偏見を基調にした「同化政策」によってアイヌ民族の尊厳は抹殺された。戦後の土地改革(自作農特別措置法)は、弱小貧農のアイヌ民族を土地からも引きはがし四散させ、コタンと呼ばれるコミュニティを崩壊させることになった。

 

ウタリ福祉対策の課題-いま求められる政策

 いま北海道内に住むアイヌ民族は数万人、道外では数千人といわれる。人種的差別と偏見によって一般企業からは締め出され、潜在的失業群を形成し、生活は常に不安定である。差別は貧困を拡大し、貧困はさらなる差別を生んでいる。こうした事態を解決するために、われわれはアイヌのための新たな法律制定をめざしている。

㈳北海道アイヌ協会は1946年の設立以後、アイヌ民族の権利を求めて活動し、1984年の定例総会(当時は北海道ウタリ協会)で「アイヌ民族に関する法律(案)」制定を決議した。それは、①基本的人権、②参政権、③教育・文化の振興、④農林漁業・商工業・労働対策の拡充、⑤民族自立化基金の創設、⑥政府・首相直属の審議機関の設立を求めるなど画期的内容だったが、法制定への道のりは厳しく遠いものだった。

現行の「北海道ウタリ福祉対策」(2002年・アイヌのひとたちの生活向上に関する推進方策)は諸法制度の寄せ集めにすぎず、アイヌ民族に対する国の責任もあいまいである。いま求められているのは、政府の責任において、アイヌ民族の先住権回復を基本に、差別の一掃、民族教育と文化の振興、経済政策など、日本国内に住むすべてのアイヌ民族を対象とした新たな「アイヌ民族に関する法律」を制定することである。

日本政府は2010年から、アイヌ民族の代表者や有識者をメンバーとする「アイヌ政策推進会議」(座長・菅内閣官房長官)を開催してきたが、今年5月の会議で、アイヌ民族の生活向上を図る新法制定などを検討する方針が正式確認された。

北海道アイヌ協会の加藤忠理事長は、「アイヌが百数十年求めてきたことが二歩も三歩も進もうとしている」とのべている。

われわれは、アイヌ民族の先住権の回復を基調として、人種的差別の一掃、アイヌ民族の教育・文化の振興、経済対策など総合的な政策・制度の確立をめざして、さらに闘いを続けていく。