藤本 忠義 (ふじもとただよし)
部落解放同盟東京都連合会副委員長
「部落差別の解消法」の実現に向けて
「部落差別の解消の推進に関する法律案」が自民・公明・民進党の3党共同で今年5月19日に衆議院に提出され、20日に衆議院法務委員会で趣旨説明がおこなわれた。
法案は第一条で「…部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題であることに鑑み、部落差別の解消に関し、基本的理念を定め、並びに国及び地方団体の責務を明らかにするとともに、相談体制の充実等について定めることにより、部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする」と目的が明記されている。
5月25日に衆議院法務委員会で継続審議扱いとなった。秋の臨時国会で必ず実現させなければならない。この法律が実現すれば「相談体制の充実」「教育及び啓発」「部落差別の実態調査」などを行なうことが、国及び地方公共団体の責務となり、部落差別の解消を推進し、部落差別のない社会の実現めざし社会全体で取り組みを進めることができる。
差別を裁く法律がない
まず「部落差別の解消法」や差別禁止法の必要性を4つの裁判の事例を紹介し、明らかにしたい。2つの裁判事例が「差別行為そのものを裁く法律がない」ことの問題を浮き彫りにし、法律の必要性を示している。
一つ目は、1993年に起きた慶応大生差別脅迫事件である。加害者A(事件当時、慶應大生)が「俺はこの度、貴様が江戸時代における穢多非人即ち特殊部落民の子孫であるという秘密をつきとめた。この秘密を日本中に暴露宣伝されたくなければ即金で500万円持って来い。…」などと書いた差別脅迫はがきを同盟員に送りつけた事件である。1993年から98年まで5年間で合計25通が送りつけられた。
これについて東京地裁刑事第16部は「被告人を懲役1年6月、4年の執行猶予とする。」との判決を出した(2001年1月12日)。この裁判で東京地裁は現実に部落差別がある中で「部落出身者」であることを暴露するといった内容の郵便はがきを郵送することは脅迫罪に該当すると有罪を認定した。しかし、脅迫罪で裁いただけで差別そのものを裁いたわけではない。
二つ目は、連続大量差別はがき事件である。2003年5月から2004年の10月までの一年半にわたって、部落解放同盟の事務所や多くの同盟員の自宅に匿名の差別はがき、手紙が連続して大量に送りつけられた事件である。その数は実に全国で400通にのぼり、その内東京では257通に達した。「お前なんか綾瀬川に沈めてやる」「えたは人間ではないから人権もないし、殺しても犯罪にならない」など、その内容は悪質極まりないものであった。
加害者Bは2004年10月に脅迫罪等で逮捕され、この事件で東京地裁刑事第7部は、「被告人を懲役2年に処する」と実刑を言い渡した(2005年7月1日)。量刑の理由は「…被告人は、他者の名前をかたるという匿名的な手法で、はがき等にいずれも不当極まりない差別表現を執拗に記載しており、そのこと自体が強固な犯行の意志を被害者らに伝えるものとなっており、名誉毀損や脅迫の各被害者は、被告人のこのような犯行の被害に遭い、精神的苦痛を受け、身の不安を感じるなどしている」と述べた。東京地裁は差別はがきを脅迫や名誉毀損、私印偽造・同使用の罪で判決を出している。
この事件で私たちは弁護士とともに事件を担当した検事に会いに行った。検事は面会の中で「差別文言を書いたはがきを第三者に送付したとして如何なる法律で裁きますか」と質問してきた。私たちは告訴状に書いたとおり、憲法14条は人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されないと規定しており、差別はがきは憲法14条に反する許しがたい行為であると主張した。
裁判の論告求刑で担当検事は被告人の行為を、「憲法14条に挑戦する悪行である」と述べた。私たちは2つの裁判を経験して、差別に対する法整備の必要性を痛感した。二つの事件とも脅迫罪や名誉棄損罪等で有罪が認定されているが差別そのものを裁いてはいない。担当検事が質問したように日本には差別行為そのものを裁く法律がない。これら裁判の事例が人権の法整備の必要性を示している。
差別主義者に対する闘いと2つの裁判
2011年1月22日、奈良県にある水平社博物館の前の水平橋で「在特会」の川東大了がハンドマイクで街宣を行ない、「エッタ博物」「文句あったら出てこいドエッタども」などと悪辣な差別言辞を言いながら差別街宣を行なった。また、差別街宣を全部ユーチュブに載せて不特定多数の人が見えるようにした。
2011年8月22日、水平社博物館はこの川東の悪質極まりない差別行為に対し奈良地裁に名誉棄損で慰謝料1千万円を求め提訴した。翌年6月25日の判決では、被告は原告に対して150万円の金員を払えとして、名誉棄損を認めた。そして被告の行為については「被告は原告が開設する水平社博物館前の路上において、ハンドマイクを使用して『穢多』および『非人』などの文言を含む演説をし、上記演説の状況を自己の動画サイトに投稿し広く市民が視聴できる状況においている。そして、前記文言が不当な差別用語であることは公知の事実」「被告の上記言動が原告に対する名誉棄損に当たると認めるのが相当」と述べた。判決後、グーグル社は動画の削除に応じた。
もう一つは「全国部落調査」復刻版出版事件である。10年近く前から「鳥取ループ」(示現舎)と名乗るグループ(といっても2人ぐらい)によって、インターネット上に被差別部落の地名や部落出身者の住所氏名などの個人情報が掲載されてきた。たび重なる「削除要請」にも応じない確信犯である。さらに今年に入って「復刻 全国部落調査 部落地名総鑑の原点」という本をインターネット上に掲載し、誰もが見られるようにするとともに、この本を4月1日にアマゾンから販売しようとした事件である。
今年3月、部落解放同盟中央本部は横浜地裁に仮処分の提訴を行ない、横浜地裁は「全国部落調査」復刻版の出版禁止の仮処分を決定し、また横浜地裁相模原支部は4月に復刻版のデータをウェブサイトから削除を命じる仮処分を決定した。
つづいて中央本部は「全国部落調査」復刻版を出版しようとした川崎市にある出版社「示現舎」に対して、4月19日に「全国部落調査」復刻版の一切の公表禁止とプライバシー権の侵害や憲法14条が個々人に保障する差別されない権利の侵害などによる慰謝料約2億3千万円を求める訴えを東京地裁民事第13部に起こした。示現舎が公表した情報には全国5360カ所の部落の住所、戸数、人口などが記載されている。就職や結婚などの差別身元調査に使われ差別を助長する許し難い行為である。第1回口頭弁論が東京地裁で7月5日に行なわれた。
一日も早く人権の法整備を
以上4つの裁判の事例は、「部落差別の解消法」や人権侵害救済法、包括的な差別禁止法をつくらなければならない根拠、すなわち立法事実となっている。特に差別主義者による差別事件の横行は早急に人種差別撤廃条約に基づいた包括的な差別禁止法の必要を示している。しかし日本政府は差別扇動を禁止した条約の第4条(a)項と(b)項をいまだ留保している。私たちは人種差別撤廃条約の完全批准を実現し、この条約に基づいた国内法、すなわち包括的な差別禁止法を一日も早く制定しなければならない。